[適用例3  :オリオン社の環境対策事業の立ち上げ]  
(注 :Ps Studio2001 によるレポート)

概要                                         

着実に進展してきたコンピュータの日常生活への適用に加えて、1990年代後半 には通信技術の実用化が一気に進み、世界全体のあらゆる動向に大きな影響 が及んできています。
企業活動においても、国内の業界毎の仲良しクラブ的発展は望むべくもなく、限 られた特別の分野を除いたほとんどの企業分野でグローバルな対応が必要とな ってきています。
仮に、グローバルな対応が必要のない分野でも、規制緩和によ り各企業の市場占有状況が流動的になっていることは言うまでもありません。

個々の企業が自社のビジネスを展開するためには、既存の事業であっても、ま た新規に立ち上げる事業であっても、事業を実際に展開する前にその戦略に対 する十分な分析とその結果への対策が必要であります。
このようになってきた大 きな理由としては、(1)世界経済に関する情報伝達の遅れが急激に短くなり、し かもその情報を誰もが容易に知ることができるようになったことと、(2)法的な規 制の撤廃、および、高度な情報通信技術が実用化されビジネス・プロセス構築に 対する技術的な拘束枠が消滅してビジネス展開の自由度が急激に拡大したこと があげられると思います。

弊社ではかねてより、企業経営には経営フレームワークとして「バランス・スコア カード経営」を取り上げ、その「評価システム」としての機能と共に「戦略的経営シ ステム」としての機能を重視することを提言してきました。
さらに、これら両機能を 十分に発揮するためには、実経営のそれぞれの段階に取り掛かる前に方針・戦 略・計画を試す(シミュレーション)必要があること、そしてそのためにはシステム ・ダイナミックスによるモデリングが不可欠であることも提言してきました。

今回、ある程度大きな企業操業モデルを構築する機会がありましたので、それに よる創業計画の概要の一部についてお話したいと思います。
なお、バランス・スコ アカード経営等については別資料を参照いただくこととして、今回は事業を開始す る前の事業計画のリファインについてその一部の事例のみお話します。

 

オリオン社は、家庭用と業務用の電気機器の製造販売会社で、年間の売上は約 5000億円です。販売には従来から販売契約店ネットを使っていました。
赤坂社長は売上規模の停滞と会社内の活力不足に将来の不安を感じ、新しい事業の展開によりそれを打破したいと考えていました。社長は、企業理念に社会ニーズを照らし合わせて、ターゲットとして環境問題に注目していました。
社長の持論は、環境対策は現在の事業に対する付属的な活動ではなく、経済原則の中で独立した事業として成り立たねばならないというものでした。
また、従来からの自社製品いついても、各担当事業部長に循環型製品仕様への転換計画を立案して転換を急ぐように指示を出しています。

さて、経済成長の申し子として都市部における窒素酸化物と粒子状物質による大気汚染が進んでいます。
昨年は、公害訴訟で原告が勝訴する例が相次ぎ、今年は改正自動車窒素酸化物法も成立しました。
オリオン社の本社も高速道路の交叉する大気汚染のひどい地域にありましたので、社長にとっても暗黙の内に気にかかる問題でした。
企画部では社長の指示によりスタッフの埴田が新規事業の展開に向けて準備を始めていました。
埴田は、空気清浄機が2万軒規模で必要な地域が、日本には11ヶ所存在することを知り、画期的な空気清浄機の開発について調査していましたが、窒素酸化物と粒子状物質とを同時に除去できる基本技術を開発しているベンチャ企業に行き当たりました。

その企業は若い研究者が始めたベンチャ企業で、窒素酸化物と粒子状物質を従来の技術に比べて10倍以上除去できるもので、埴田が出会った直後に基本特許を取得しました。彼らの考え方は、技術開発に専念するために、商品化の段階は資本の大きな企業に任せ開発した技術を販売したいと言う事で、この技術に関しても2億円程度で販売しても良いというような雰囲気でした。

埴田スタッフは、この技術をベースにして空気清浄機を商品化し、これを環境対策事業の先鋒として環境対策事業へ打って出ることを赤坂社長に具申しました。社長は、スタッフを集めて内容を十分吟味し、経営会議にかけ、これをきっかけとして環境対策事業に進出することを決定しました。社長のこの事業に対する戦略ビジョンは次の通りです。
「環境対策事業に進出し、10年以内にこの事業分野でトップ企業になり、当社の中核事業に育てる」

社長から環境対策事業の展開を指示され新事業部長に任命された遠山は、社内外から埴田をはじめ中核となる優秀な人材を集め、創業チームを結成しました。そのチームに遠山が示した方針は次の通りです。

■ 事業部の長期売上目標
  ターゲットとする期間は10年間。
  しかし、環境対策事業の参入にあたっては、強力な商品である空気清浄機の成功が全てを決
    めることになるので、3年間の計画に注目してそのローリングプランに基づき実行する。

■ 戦略地図の作成
  戦略地図に図示される業績指標は、当然ビジネス・プロセス・モデルに組み込む。これは、結
  果の因果関係の分析に有効であるから、その分析結果により遭遇するさまざまな問題を解決
  する。

■ 事業部長のスケジュール

  2001年1月 商品化権利取得、事業計画発表、
          製造受託サービス会社(EMS)と契約
  2001年9月 パイロット市場に商品の販売開始
  2004年1月 6市場で展開

事業部長の方針を受け、創業チームではバランス・スコアカードに基づく戦略地図の作成を通して、戦略の具体化とその実現方法および戦略の実行前の見直しをすることになりました。環境対策事業の初期段階で、空気清浄機の販売によって環境対策分野でオリオン社の名前を定着させ、目標の売上をあげることによってオリオン社内で事業部としての足場固めをする必要がありましたので、創業チームでは遠山事業部長の方針に対して以下の補足を加えました。

@ 商品化権利は約2億円(2.5億円Max)とする。
A 商品化は商品開発チームが6ヶ月以内に完了させる。
B 従来の販売店から有能な新規契約店を選択する。
C その契約店に対して、営業チームが教育を担当する。
D 製造は従来から商品の製造を委託していたEMS企業に委託する。
  商品化開発が終わった後2ヶ月以内に生産準備を完了する。
  当初の生産能力は500台/週で契約する。
E 東京のA地区(2万軒)をパイロット市場とする。
F 商品投入後1年間でパイロット市場の需要の 20%を確保する。
G 市場は1年目:2万、2年目:4万、3年目:6万、4年目:12万、5年目:22万と
    順次拡大して、急拡大に伴うリスクを避ける。

この後、財務の視点、顧客の視点、社内ビジネス・プロセスの視点、学習と成長の視点で創業から発展への過程を捕らえ、戦略地図を完成させます。その中には以下の項目を盛り込みます。

@ 事業目標・ターゲット
A 業績評価に使用する物差し
B 戦略の基礎となる項目間の関連性

この事業を環境対策事業として持続的に発展させるために、抑えておくべきポイントをリストアップし、その中に先ほどの戦略地図で取り上げた項目も含めます。それらの因果関係を明らかにして Causal Loop Diagramを描きます。また、展開する新規事業についてその内容、進め方、途中経過、成果(結果)等を言語モデルの形と概念グラフの形で取りまとめます。

事業部全体の大まかな Causal Loop の例を以下に示しますが、詳細については個々のセクター毎に因果関係を把握する必要があります。

 


当初の開発費、開発要員計画、売上目標を以下に示しておきます。







以上のモデリング前までの検討で導いた新規事業の事業形態は以下のようにまとめられます。



2.仮想経営によるマーケット展開の影響と、
  EMSの製造能力拡張の影響に関する検討事例

創業チームでは、外部のモデリング・コンサルタントの助けを借りて、モデリングと戦略シミュレーションを実行しました。言語モデルと Causal Loop を組み合わせてシステムダイナミックスにより5セクターからなるモデルが構築できました。Causal Loopに対応させて、下図のように機能毎にセクター分けしています。

モデルの詳細については、この資料では省略します。

(1)当初の計画
   生産能力 :バックログが生産能力に到達する毎に生産能力を倍増する。
   市場拡大 :1年目:2万、2年目:4万、3年目:6万、4年目:12万、
          5年目:22万
   EMSの在庫安全率:2(週間)

   5年目終了時の粗利の累積= 89億円
   5年目終了時の売上     =112億円

   生産能力の増強結果;
   


(2)生産能力と市場拡大のみの組み合わせから得られた売上と営業利益の向上
    生産能力 :約1年経った後にバックログが生産能力に到達したら、
          生産能力を2000台/週に一気に増強。
   市場拡大 :1年目:2万、2年目:22万に急拡大
   EMSの在庫安全率:4(週間)   

   5年目終了時の粗利の累積=156億円
   5年目終了時の売上     =115億円

   生産能力の増強結果;
   

(3)両者の時系列グラフの結果の一部の比較

 
 当初計画(1) :
 バックログが約1000台/週存在する

 
 シミュレーションによる検討後(2) :
 バックログは無視できる程度になったが、2006年までに当初
 予定の潜在顧客に売り尽くしてしまったため、販売予測が立た
 なくなっている。
 2004年から2005年の早期に、環境対策事業として次の商品
 またはサービスを投入する必要があることを意味している。
 2006年1月の時点の潜在顧客に対する顧客の割合は、
 当初計画(1)が65%で、シミュレーションによる検討後(2)では
 90%と現実的でない数字に達している。このことからも早期の
 次期商品投入の必要性があることが理解できる。

 
 当初計画(1) :

 
 シミュレーションによる検討後(2) :

 EMSの在庫安全率は2週間と4週間であるが、バックログほどの差は両者に
 表れていない。ここには示していないが、在庫安全率が1週間に近づくと、品
 切れが急増することが分かっている。


3.あとがき


今回の資料では、多くの構成要素の中で生産能力と市場拡大の二つのみを操作 して、粗利と売上とを増加させる条件をシミュレーションにより検討しました。
また、在庫安全率については補助的に操作しただけです。
その結果、当初創業チームが想定していた売上額を十分達成できることが分かっ たほか、市場拡大を早め、それに合わせるようにEMSの生産能力を高めることで、 5年後には結果的に2倍近い累積利益をあげられる方法があることと、その場合 には早期に次期商品の市場投入が必要なことが分かりました。
結局、事業部長をヘッドにした創業チームでは、競争者が参入する前に急拡大す る戦略を採用するとして事業計画を取りまとめることになりましたが、追加が必要 となる営業・開発等への投資について社長の決断と社内関係者の了解を得るため に、今回のシミュレーションを交えたプレゼンテーションは効果的でありました。

新規ビジネス、あるいは新たな環境の下での既存ビジネスを推進するにあたって、 システムダイナミックスに基づくモデリングと戦略シミュレーションからなる仮想経 営により、経営リスクを最小限に抑え、競争力優位を保ちつつ持続的に成長する 方法を得ることが現実のものとなってきたことをご理解いただけたでしょうか。

最後に、このようなモデリングとシミュレーションに基づく仮想経営に関しては、実 際にシミュレーションを実行してダイナミックに体験していただくのが一番だと思い ます。評価のためのオリエンテーション・コースを開催していますのでここからその 内容をご覧いただき、是非ご参加されるようお勧めします。

                        

なお、オリエンテーションあるいはもう少し詳しい講習会の受講を希望される方はこちらのトレーニング・コースをご覧下さい。