デリング&シミュレーションのビジネスでの活用

1.モデル・ベースト経営とは?

”考え”は、頭の中で巡ります。例えば、「今度の新製品を何時、幾らで、どこの市場から投入しようか? 5月の連休前に投入したら、競争相手はしばらく対応できないから、先行者利得を守れるだろ う。」のように自問自答します。

この自問自答は、今までに自ら蓄積してきた知識に基づいて、頭の中に作り上げた市場モデルに問いかけることで、その答えを得ています。この頭の中のモデルは”メンタルモデル”と呼ばれていて、人ごとに皆異なります。業績の優れた経営者は、正確で高度なメンタルモデルを持っているのでしょう。

しかし、社会・経済環境が複雑で変わりやすい現在の世界では、経験していない複雑な現象に遭遇します。このような環境においては、今までの経験に基づいて蓄えてきた知識で構築したメンタルモデルだけでは、ビジネス戦略・戦術を検討するには十分でありません。それで、コンピュータの助けを借りて、メンタルモデルを補足する必要が出てきました。それが、モデリング&シミュレーションです。この手法を、経営問題に適用する場合を「モデル・ベースト経営」と呼んでいます。

モデル・ベースト経営では、次の流れで実世界で適用すべき戦略・戦術を導きます。

ここで、頭の中に構築されたメンタルモデルと同じように、「モデルの世界」を、コンピュータの中に構築します。このモデルは、我々がある問題を解決するために、ある対象を取り上げたときに、次のようなプロセスで構築します。

@対象としているシステムを、注目する視点から眺める。
A捨象と抽象により、その視点における本質的な”要素とその関係”を抽出する。
Bその”要素とその関係”を再合成して得られるシステムがモデルである。

さて、経営学を含む社会科学の世界では、自然科学の世界ほど実物による実験が容易ではないことが多いようです。そのためモデルを使った仮想世界で仮説検証することは大変有効な方法と思われるのですが、今まで日本のビジネスの世界では、活用される機会が少なかったように思います。このことは、モデリング&シミュレーションに関して技術が整備されてきた現在、本気で取り組むなら、他社に対する差別化要因になりうることを示唆しています。

まあ、それはさておき、モデルの区分け方法は色々ありますが、システム・ダイナミックス・モデルについては、定性的なモデルと定量的なモデルという分け方 になります。定性的モデルがシステムズ・シンキング(システム思考)のモデルで、因果関係図(CLD:Causal Loop Diagram)と時系列挙動図で表現します。このモデルは、数値で挙動を表すのではなく、大きいとか小さいとかの増減の性質で要素の挙動を表現します。

一方、定量的モデルは、狭義のシステム・ダイナミックスのモデルで、フローダイアグラムで表現し、要素の挙動を定量的に求めます。これが、シミュレーションに適用するモデルで、制御理論のモデルの表記法であるブロックダイアグラムに対応しています。

後者の定量的モデルにより、過去のビジネスの状況をうまく説明しているかなどのモデルの妥当性の検証を済ませた後で、次に取り組むべきビジネスの仮説をモデルの上で検証して、 効果的な仮説を選択します。企業経営のあらゆるプロセスで、この仮説検証は適用され、次のような期待できる結果が意思決定の参照情報として得られます。
  ◆
戦略立案における仮説検証と結果の推定
  ◆業務プロセスモデルの最適設計
  ◆ポートフォリオの策定
  ◆長期・短期の人事戦略の策定
  ◆経営リスクの低減と回避
  ◆
最適オペレーション条件の探索
  ◆社会・経済変動の影響の把握
  ◆効果的な情報投資の策定
  ◆SCの目標値の設定と
仮説の検証・適合など

新規にビジネスを立ち上げる場合や事業部を新設する場合は、計画段階から「モデル・ベースト経営」が効果的に活用できます。一方、既に創業している企業の分析を行い、今後の戦略・戦術の方針決定にも活用できます。

ここで、簡単な分析を2000年ごろの東京ディズニーランド(TDL)に関して行なってみましょう。

2.TDLの入場者の分析

日本のテーマパークの中で、東京ディズニーランド(TDL)の経営は、特段に優れていると言われています。
しかし、成長の限界は必ず来ます。
2008年4月の日経新聞にテーマパークに関連する情報が掲載されていますので、ここをクリックして、その課題の概要をご覧ください。

さて、これからお話しするTDLの分析は、残念ながら今の状況に対してではなく、ご覧いただいた新聞記事よりおよそ10年前を対象にしています。

TDLは1983年にオープンしましたが、1990年ごろから入場者数が頭打ちになってきました。

入場者の増員対策を立案するために、入場者数のデータを分析して、入場者の構成比を求めます。

存在する統計データとしては、右に示すように、1983年から2000年までの「営業日数を365日に換算した年間入場者数」と「日本の人口」のデータとがあります。

分析のプロセスは以下の通りです。
@入場者の構成比に関する仮説を立てる。
A仮説に基づきビジネス・プロセス・モデルを構築する。

B実績データを説明できるモデルの構造と係数を探索する。
Cビジネス・プロセス・モデルを確定する。
D結果を考察し、次期戦略を検討する。

E次期戦略・戦術を選定するためのモデルを構築する。 
F仮想経営により、次期戦略・戦術として仮説の妥当性を検証し、最適な仮説を選択する。 
G経験的知識を加味して、検証結果の実適用のための計画を立案する。

ここでは、上記プロセスの@からCまでを実行してみましょう。

@入場者は、拡散モデルを応用して表現できると仮定します。
すなわち、入場者は、
  1) 宣伝などをきっかけとして積極的に訪れる客(能動型新規客)、
  2) 先に訪問した人々の口コミなどにより誘惑されて訪れる客(受動型新規客)、
そして一般には拡散モデルには含めませんが、
  3) 訪問経験から繰り返し訪れる客(リピート客)
の3区分で構成されていると仮定します。

それぞれは以下のように標記されます。
  能動型新規客=潜在客x宣伝効果

  受動型新規客=潜在客x口コミ係数x(新規入園者累計/潜在客初期値)
  リピート客=新規入園者累計xリピート率

A上記の仮説に基づき、下記のシステムダイナミックスモデルを構築します。

B日本の人口の実績と予測の差の自乗和が最少になる条件で、人口増加率を求めます。

次に、入場者数の実績と予測の差の自乗和が最少になる条件で、宣伝効果、口コミ係数、リピート率を求めます。右に実績と予測を比較したグラフを示します。

これらから得られた4つの係数は以下の通りです。

人口増加率=0.36%/year

宣伝効果  =7.42%/year
口コミ効果=7.14%/year
リピート率 =13.9%

右に示す予測と実績とを比較したグラフから、これらの係数を使ったモデルは、入場者数の実績値をうまく説明できていると判断できます。


Cこれらの係数を使ったモデルを、TDLの入場者を表現するモデルとして確定します。

では、このモデルで各顧客の時系列はどのように変化しているでしょうか。
それを右のグラフに示します。

このグラフによると、オープン間際には客のほとんどを占めていた能動型新規客が、2000年に近づくと、入場者数の10%程度にまで減少しています。

一方、受動型新規客は、オープン後ずっと、入場者数の10%前後で推移ししています。
いずれにしても、2000年には新規客が20%程度に減少していますから、リピート客も間もなくサチレートすることが推測されます。

TDLは、リピート客を求めてリニューアルを繰り返してきたわけですが、このテーマパークとしては集客増が限界に達しています。
TDLでは、この限界を打ち破るために、ドメスティックな集客活動だけでなく、インターナショナルな集客活動も展開し、さらに、シーワールドのような新しいテーマパークも併設しました。

以上の説明で、現状分析から次期戦略を策定するために「モデル・ベースト経営」を活用する流れを把握いただけたでしょうか。

POSY社では、およそ2ヶ月に一度の割合で開催していますオリエンテーションコースで、このようなモデルを受講者の皆様に実際に動かしていただきながら学習いただいています。