経済波及効果を求める産業連関表のSDモデル

阪神タイガースが今年は無難に優勝しました。
ファンの皆さんおめでとうございます。

UFJ総合研究所のHPに阪神タイガースの優勝による経済波及効果が計算されています。
全国で1,455億円、関西で709億円の生産誘発効果が見込まれるそうです。
これは「 産業連関表」を使って計算したそうです。

1.産業連関表

「 産業連関表」は、日本では1950年代初めに産業連関表が作成されたのが始まりで、現在では総務省をはじめ各都道府県からWeb上で公開されています。「 産業連関表 」とは、産業間相互、あるいは産業と家計などの間で行われた財やサービスの取引を金額で表したものです。ここで産業とは分類の大きさによって、複数の分類がありますが、東京都の産業連関表では、分類部門数の多いものから順に、基本分類、小分類、中分類、大分類、その他となっています。

http://www.toukei.metro.tokyo.jp/sanren/sr-index.htm

産業連関表は複数の数表を含んでいて、「取引表」、「投入係数表」、 「逆行列係数表」などからなっています。
「財・サービス部門」が26分類、本社部門が25分類の合計51分類 されている、東京都の産業連関表の中の「取引表」の構成を下に示します。

システム・ダイナミックス・モデルを構築するとき、例えば、建築産業分野の資本投下に対する経済波及プロセスを あるがままに表現するなら、その建築に必要な中間材を供給する企業群を何代にもわたってモデルに複数配置し、さらにその各過程における雇用者所得が消費財を購入する消費材関連企業群も 複数層にわたって配置する必要があります。しかし、このような無限に近い広がりを持つモデルを築くことはできないので、この部分は「産業連関表」による統計的な手法で代用 します。

以下では産業連関表をシステム・ダイナミックス・モデルに組込む具体的な方法について説明 しますが、その前に、産業連関表で求める経済波及効果と似ていますがそれとは目的のことなる「公共事業評価」について簡単に説明します。

2.公共事業評価における評価体型の大項目:「事業効果」、「波及的影響」、「実施環境」

2001年に「行政機関が行う政策の評価に関する法律」が制定され、翌2002年4月から施行されています。行政評価は各府省の「独立行政法人評価委員会」が行いますが、その業績評価結果に対して、総務省行政評価局が事務局を務める「政策評価・独立行政法人評価委員会」が意見表明を行い、政府全体の総括を行っています。

評価の時点は事前、事後、途中に分かれていますが、ここでは事前評価を取り上げます。また、各府省が評価の基本的考え方を提示していますが、身近な公共事業として、国土交通省の「公共事業評価の基本的考え方」を中心に説明を続けます。

評価体系は3段階の階層で分類しています。その内の大・中分類を以下に示します。


このように、公共事業評価は、その事業を実施したときの利益や各種の効果と実施可能性について評価しますが、産業連関表や計量経済モデルによる経済波及効果は、その公共事業を実行したとき、「どれだけ富が生まれるかではなく、どれだけ金が世の中を動くか」を表しています。この動くお金の量が民間の経済活動の可能性の大きさを与えます。

3. 産業連関表をモデルに組込むための準備

ある東京都のA産業において投資 がおこなわれた場合を想像してみてください。投資金額は、直接経済効果を生みますが、その投資額は原材料代と粗付加価値に分けられます。原材料はさらに、東京都内の中間材料の需要と東京都域外からまかなわれる需要に分かれます。

都内需要は、中間財の生産を誘発します。これが一次誘発生産です。さらに、その誘発された生産額の中には、中間財の生産額とともに、粗付加価値が含まれています。これが、一次誘発粗付加価値です。

直接粗付加価値と一次誘発粗付加価値を加えた粗付加価値の中の雇用者所得に注目します。雇用者所得の内の一部は都内家計消費支出になり、消費財の需要を呼びます。この需要を満足させる生産が行われますが、これが二次誘発生産です。さらに、その誘発された生産額の中には、消費中間財の生産額とともに、粗付加価値が含まれています。これが、二次誘発粗付加価値です。この二次誘発の粗付加価値に含まれる雇用者所得は、再び前述のループに加わり、誘発生産を発生します。

あるA産業の資本投下があったときに、各産業に及ぶ経済波及効果を個別に計測するのでなく、合計の経済波及効果を求める場合の具体的な計測プロセスを下図に示します。なお、産業分野毎の経済波及効果を求めるのであるなら、産業連関表そのものをモデルの中に組み込む必要があ りますが、経済波及効果の合計値を求めるだけであるなら、投入係数表と逆行列表をモデルの外部で加工して、少ない数の係数テーブルとしてモデルへ組み込むことができます。

         

 

■ 直接経済効果
 

@原材料投入額(都内需要額と都外需要額)
都内需要率=都内需要額/生産額
都外需要率=都外需要額/生産額
都内需要額=取引表のA
産業列について、東京都地域の全産業分野の値を積算します。

都外需要額=取引表のA産業列について、その他地域の全産業分野の値を積算します。

 

A直接粗付加価値額
粗付加価値率=粗付加価値額/生産額
粗付加価値率は投入係数表の下端に記載されています。
粗付加価値率の内訳は取引表の下端の各値を生産額で除して求めます。
本プロジェクトでは、内訳として以下の4項目に分類しています。
 「雇用者所得」、「営業余剰」、「間接税―補助金」、「資本減耗+家計外支出」

 

 一次波及経済効果
 

B一次生産誘発額
[
一次生産誘発額][生産誘発係数][A産業への投入による各産業の中間投入額]

[
生産誘発係数]とは、逆行列係数表に記載されている逆行列係数マトリックス[Bij]のことであり、この係数はある産業の1単位の最終需要を満たすために、各産業で必要となる波及生産量を表しています。
A
産業に資本が投入されると、投入係数表のA産業列に示されている割合で、各産業には中間財の発注による中間投入が行われます。
これが
[A産業への投入による各産業の中間投入額]です。
中間投入係数の「東京都」と「その他地域」への投入係数のベクトルを[Fi]とすると、各産業の一次生産誘発額は、[Bij][Fi]の列ベクトル[Xi]の列和に、A
産業への投入量を掛けたものが、各産業の一次生産誘発額を合計した求める値となります。

 生産額の列ベクトルを構成する逆行列係数と中間投入係数の内積値を計算の中間段階の形で下図に示します。

 

   

      [1,1] :東京都内の中間投入について東京都内で生産

      [1,2] :東京都外の中間投入のために都内で生産して移出

      [2,1] :東京都内の中間投入のために東京都外で生産して移入

      [2,2] :東京都内の中間投入について東京都外で生産

       

 ここで、生産額は行の和を要素とする列ベクトルです。

 今回の計算の目的は、東京都内の経済波及効果を求めることですから、生産額の計算は上半分の[1,1][1,2]とに限定されます。
なお、計算範囲を[1,1]
にさらに限定した場合の誤差については、具体的に計算して調べましたが、現実的には無視できる程度の大きさのようです。

 

実際のモデルへ導入する係数の計算では、[Bij]j列すべての要素に、[Fi]j番目の要素であるFjが乗じられるので、逆行列係数の列和ΣiBijを先に求め、その各要素に重み関数として[Fi]の各要素を乗じて、最後にその和である一次生産誘発係数を求めています。

この係数をモデルには外生変数として入力し、モデルの中で一次生産誘発係数に最初の投入量を乗じて一次生産誘発額を求めています。

 

C一次粗付加価値額

 上記では合計の一次生産誘発額を求めましたが、粗付加価値の生産額に対する割合は、それぞれの産業分野で異なります。

Bで求めた各産業の生産誘発係数は[Bij][Fi]となり、この列ベクトルに重み関数として投入係数表にある各産業の粗付加価値係数Diを乗じてその和を求め、合計の一次粗付加価値係数とします。

この合計係数に最初の投入量を掛けると一次粗付加価値額が求められます。

実際のモデルへ導入する係数の計算では、[Bij]の各行に重み関数として各産業の粗付加価値係数Diを乗じ、その列和を計算します。
その列和のベクトルの各要素に重み関数として中間投入係数のベクトル
[Fi]
の各要素を乗じて、最後にその和である合計の一次粗付加価値係数を求めています。

この係数をモデルには外生変数として入力し、モデルの中でその一次粗付加価値係数に最初の投入量を乗じて一次粗付加価値額を求めます。

 このやり方で、粗付加価値の内訳である「雇用者所得」、「営業余剰」、「間接税―補助金」、
 「資本減耗+家計外支出」の各係数および「誘発就業者」係数も求めています。

 

D直接および一次経済波及効果までの粗付加価値額合計
Aの直接粗付加価値係数と、Cの一次粗付加価値係数とを加えることで、この段階までの合計の粗付加価値係数およびその内訳が求まります。粗付加価値額合計および内訳はそれぞれの係数にA
産業への投入量を乗じて求めます。

 

E直接および一次経済波及効果までの雇用者所得
上記Dで求まります。

 

 二次波及経済効果

 

F雇用者所得から波及する消費支出
雇用者所得の内の一部が都民の消費支出となりますが、その所得に対する割合は、採用した産業連関表の時期に合わせて、平成7年度都民経済計算統計表の都民総支出(実質)の都民所得に対して求め、78.8%
としました。

 Dで求めた雇用者所得に78.8%を乗じて、「(都民家計)消費支出額」とします。

 

G二次生産誘発額
取引表の右端に記載された「都民家計消費支出」の列を、一次波及分析までで取り扱ったA
産業の列と同様に看做します。
都民が家計で必要とする消費財については、「都民家計消費支出」の列に示されている割合で、各産業に対して中間投入が行われます。

 消費財に対する中間投入係数
=
取引表の都民家計消費支出/都民家計消費支出の中間投入計

消費財に対する中間投入係数の「東京都」と「その他地域」への投入係数のベクトルを[Di] 、生産誘発係数、すなわち逆行列係数を[Bij]とすると、この支出をまかなうための各産業の生産係数は、[Bij][Di]となります。

二次生産誘発額は、上記の各産業の生産係数の列和である二次生産誘発係数に、最初の投入量ではなく、「(都民家計)消費支出額」を乗じて求めます。
これ以降の計算は、一次経済波及効果の計算方法と同じです。

 

H二次粗付加価値額
一次粗付加価値額を求めたCと同じ方法で、二次粗付加価値およびその内訳を求めます。

 

I直接から二次経済波及効果までの雇用者所得
上記Hで求めた二次波及の雇用者所得を、Eで求めた一次波及までの雇用者所得に加えて、時系列計算を続けます。
この加算過程は、SD
モデルの特徴の一つと言えます。

 

 就業者数

 

J雇用係数
 今回適用した産業連関表に含まれる雇用表から産業別の就業者数を求め、取引表で求めた生
 産額で除して、雇用係数を求めます。

 生産額に対する雇用者係数は産業ごとに異なるので、Cで述べた粗付加価値係数の導出
と同じ
 方法で合計の雇用係数を求め、モデルに外生変数として入力します。

 モデルの中では、直接就業者係数と一次誘発就業者係数には最初の投入量を乗ずること
で有
 次元化し、二次誘発就業者係数には消費支出額を乗じることで有次元化します。

 

 モデルへ入力する産業連関表の係数

 参考として、「建設」、「不動産」、「運輸」、「サービス」、「商業」、「金融・保険」の6産業分野につ
 いて、係数の一覧表を以下に 示します。

 

 

4.経済波及効果を求めるモデルの構造

 

@直接経済効果と一次波及経済効果のモデル

 産業連関表では中間材の供給に対する波及効果が発生する時間が考慮されません。
別の言い方をすると、資本投下と同時に中間財供給による一次波及経済効果が発生することになります。
しかし、実際には平均的な時間遅れが発生しているはずであるから、一次波及経済効果が発生するまでに一次の指数関数的な遅れが発生するものとして、その要素をモデルに加え ます。
以下の「直接経済効果と一次波及経済効果のモデル」と「二次波及効果のモデル」において「**平均遅れ時間」と書かれた定数がその遅れの定義です。

 

A二次波及経済効果のモデル

 モデルの構造は上述の「直接経済効果と一次波及経済効果のモデル」に似ていますが、係数として取り扱うために用いた分母が、当初の投入額ではなく、東京都家計消費支出額です。
 この消費材需要に対しても二次の波及経済効果が時間遅れを持って発生すると考えられるので、前記と同じく平均遅れの要素を導入します。

B雇用誘発モデル

雇用表と取引表から雇用係数を求めて雇用数を推計します。


5.
経済波及効果を求めるモデルの定義式
 定義式を以下に記載します。