題名:「経営戦略立案支援とシステム・ダイナミックス」

 

講演者:松本 憲洋         期日:2000年1月8日           場所:関西大学 
主催  :第81回 SD定例研究会(国際システム・ダイナミックス学会日本支部)


講演の要旨を講演項目の順を追って簡潔に記載します。
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1. システム・ダイナミックスによるモデリングとシミュレーションの概要

自然科学系でも社会科学系でも、現実世界を抽象化したモデルの世界で研究開発を進める場合には、両者ともほぼ同じプロセスを踏襲して実施します。Fig.1にその概要を示します。自然科学系のモデルにおいては、自然の摂理に基く数学モデルを基盤にする場合がほとんどですが、社会科学系では確たる数学モデルが存在せず、実世界の現象に対する曲線近似に近い感じでモデルを構築する場合が多いように思います。


        Fig.1 モデリングとシミュレーションのプロセス

 

さて、モデルの世界を有効に利用している分野として制御系解析法があります。現在、これは制御理論の一部として不可欠な手法となっていて、研究・開発において汎用的に利用されるだけでなく、実用的な観点からも電気系にかかわらず機械系においても広く受け入れられています。この制御系解析法が創案されたのとほぼ同じ時期に同じ電気回路理論を基礎にして、システム・ダイアナミックスは社会系の問題を対象に生み出されたものでありますから、両者を支えている数学的背景は同一です。

工学系の制御系解析法に対して社会系のシステムダイナミックスが存在しているわけですから、システム・ダイナミックスは決して限られた人達の特別の学問領域ではないはずですが、創案者のForrester教授が健在で研究の中心的な立場を維持されている事もあって、現在でも同教授を中心に限られた人々の特殊なニッチな学問領域として取り扱われがちであることは大変残念なことです。

参考までに、制御解析法とシステム・ダイナミックスに関する特徴を比較してTable1に示します。

  Table 1 制御系解析法とシステム・ダイナミックス

  比較項目    制御系解析法       システム・ダイナミックス
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  適用分野    工学系           社会系
  
表現方法    ブロック・ダイアグラム  フロー・ダイアグラム
  
創案者      R.F.Selfridge(1955年)   J.W.Forrester(1956年)
  
高級言語    CSMP(1967年)       DYNAMO(1959年)
  
出力       時間応答、周波数応答  時間応答
  
数値解析法   多種の積分法       オイラー/ルンゲ・クッタ・ギル法
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結局、制御系解析法においてもシステム・ダイナミックスにおいても、シミュレーションを実行する部分は、連続系でフィードバックがある非線型の多元連立常微分方程式の初期値問題を解く事で同じです。

しばしば、システム・ダイナミックスは定量的な予測には向かないとか、曖昧な結論しか出ないとか議論される事がありますが、シミュレーションの解法は制御系解析法において活用される手法と同じですから信頼性に疑問の余地はありません。問題はモデル化の段階にあります。例えば、制御系解析法のモデルにおいてもファジィ推論を組み込まなければならないような対象ですと、定性的で曖昧さの残る結論しか導けないように、モデル化する対象次第で、定量的/定性的あるいは曖昧/厳密の程度は決ってきます。

システム・ダイナミックスはスローン教でもなければフォレスター教でもなく単なる科学技術の優秀な道具です。従って、経済学、社会学、経営学、政策科学、環境科学等各種の分野の研究開発においてモデル化とシミュレーション用の道具の一つとしてシステム・ダイナミックスは存在しています。システム・ダイナミックスによるモデル化された世界が、それぞれの分野で専門的問題を深層から検討するための共通な環境として社会で認知され広く利用されるよう期待しています。

そのためには関係するここにご出席の皆様方が、例えばモデル化と数値解析を組み合わせた優秀な道具であると社会で広く認知されている制御系解析法や有限要素法を取り扱っているのと同じように、これを個人崇拝の対象にしたり科学技術以上の期待をこの方法論に包含させようなどの動きには警鐘を鳴らす必要があります。

2. 適用対象となる経営戦略問題

企業においてビジネス・シミュレーションは、Table 2 に示すように各階層で利用されます。

   Table 2 ビジネス・シミュレーションの利用
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マネージメント・フライト・シミュレータ:経営者
決定支援シミュレーション       :経営者 上級管理者 下級管理者
シナリオ・プラニング・シミュレータ  :     上級管理者 下級管理者
トレーニング・シミュレーター     :     上級管理者 下級管理者 一般社員
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「決定支援シミュレーション」は、経営戦略問題に利用されるわけですが、この「戦略」の概念は企業の枠組みの決定から一部門の運営条件の決定まで広い範囲に様々な形態で存在します。これらは、次に示しますように、大きくは3つのカテゴリに分けられます。

戦略的問題(全般管理 革新指向)
   株価や利益に影響する度合いの評価などにより企業の枠組みの決定など
   例えば、資産運用、技術導入、競争戦略、財務計画、価格決定、

                  新事業開発・進出、事業撤退、M&Aなど
経営執行問題(部門の中間管理 改善指向)
   新たの投資と会社全体の予算評価あるいは収益の予実評価などにより

       次期計画の決定など
   例えば、プロジェクト管理、財務計画、人事計画、生産能力計画、

                  新製品投入、サービス・クオリティ、コールセンターなど

運営問題(部門の作業管理 改善指向)
   実績、顧客満足度、生産性、原価などへ影響する度合いの評価などにより

       ビジネス・プロセスの変更の決定など
   例えば、生産能力計画、財務計画、SCM、製品開発、CRM、

                  サービス・クオリティ、コールセンターなど

3. ERP(企業資源計画)との関連

BPR を目指して、SAP R/3 とか Oracle Application 等の ERPパッケージを採用している企業が増えてきました。このようなERPパッケージを採用した企業では、それによる運営管理の上位にSEM(戦略的企業経営システム Strategic Enterprise Management) を配置して、企業戦略あるいは経営戦略の立案を支援します。SEM に関しては、SAP社もOracle社も今夏にはリリースする予定で開発を進めていると聞いています。このSEMパッケージは複数の機能要素で構成されています。例えば SAP SEM の構成要素は、事業計画とシミュレーション、ビジネス情報収集、事業連結、企業業績モニタ、ステークフォルダー管理の5つです。この内の「事業計画とシミュレーション」にシステムダイナミックスによるモデリングとシミュレーションが組み込まれています。

さて、立案する戦略の実施結果を予測したいのは、ERPパッケージを導入している企業だけではありません。その他の企業もこれからの熾烈な経営環境の中で勝ち抜くためには、独創的な戦略の立案とその堅実な実行が不可欠となっています。そのためには戦略の実行に先だって、その実行後の状況をたえず予測し結果を見て対策し成功確率を上げるべきなのです。

ERPパッケージを全面に導入していなかったにしても、企業運営に関する基幹データベースを何らかの形で整備している企業であるなら、SEMは導入できないにしてもシステム・ダイナミックスによりモデリングとシミュレーションを実施してたえず先を読む事が可能です。

日本では、ERPパッケージの上位にSEMを全面的に導入する企業よりも、前述のように企業・経営戦略の先読みのために、システム・ダイナミックスによりモデリングとシミュレーションを部分的に実施する企業が多いのではなかろうかと考えています。

このような多くの企業で採用される可能性の高いシステム・ダイナミックスによる企業・経営戦略支援に関する経営戦略立案過程のフレームワークをFig.2に示します。

    Fig.2 経営戦略立案過程のフレームワーク

 

4. 適用例

適用例として説明した2例の言語モデルを以下に記します。

「アンドロメダ社の価格戦略」

(1)  画期的な新製品を開発しました。この製品は販売した後、6ヶ月毎に保守が必要で、3年経つと買い替えが必要です。製造原価は3,000ドル、保守原価は500ドルです。
(2)  潜在顧客は15,000人いるとの調査結果があります。営業部員による販売数と既存顧客数に応じた口コミによる販売数は、潜在顧客の減少、客離れによる悪口、高い販売価格により減少します。
(3)  新製品ですから、営業部員は最初から300人投入します。ただ、販売が進み潜在顧客数が減少してきたら削減します。給料は4,000ドルです。
(4)  サービス部員は当初40人ですが、既存顧客が増えるにつれて、サービスの質を保つよう増員します。しかし、サービスの質により決る客離れは、既存顧客の2%までは許容していますので、それ以下になるとサービス要員を削減します。サービス要員の給料は3,000ドルです。
(5)  また、毎回の保守の価格は、販売価格の1/6です。
(6)  他社が真似して追いつくまでの          
    「5年間に最大の累積利益」を上げるられるよう
    「販売価格」を決定したい。

「ある電気通信会社のADSL拡販戦略」

(1) 電気通信会社は、前の年の10月から先月の12月まで、一般顧客向けのADSLの値段を急
       激に下げた。
(2) 上級管理者は、将来の価格構造とか増設計画などを変化させた場合の今後2年間の様子を
      知りたいと思った。
(3) SAP R/3のビジネス・インフォメーション・ウェアハウス(BW)に蓄えられている実績データと
      Solver2.0のチューニング機能とを使って、過去1年間の実績データとシミュレーションの結果と
      が良く一致している事を確認した。
(4) いよいよ、一般顧客向けとビジネス向けのADSLの分野が次の2年間如何に拡大するかを知
      る事ができる。
(5) シナリオで設定・計画されたADSLの増設計画と価格計画に沿った事業の拡大が、電気通信
      会社の財務にいかに影響を及ぼすかについてより良い理解が得られ、経営において利用す
      る事ができます。
(6) シミュレーションは月単位で3年間にわたって実行されます。最初の1年間はBWに蓄えられ
      ていた実績データです。そして、後の2年間は管理者によって設定されたシナリオに基くシミュ
      レーションです。

5.付録 「経営シミュレーション講座」

日本企業が追い付き追い越せと世界の企業を真似して息せき切って走った時代は過去のものとなり、世界の企業に伍してグローバルな競争を展開する時代となりました。今や、業界横並びでも業界内調整でも中央官庁による行政指導の時代でもなく、独自の独創性を前面に打ち出して競争と協調をバランスさせる才覚が必要な時代と言われています。

ところが、日本の大学には「経営**」と名づけられた学科が多いわりに、現実の企業経営に直ちに役立つ教育が体系的になされているとは言いがたい状況にあります。これは教育界だけの問題ではなく、企業を含めた社会の体制の中で経営能力を専門能力の一つとしてとらえて来なかったことに一番大きな原因が潜んでいるのかもしれません。

日本では企業内教育が体系的に行われて従業員の社内育成が確立していると見られていますが、それはあくまで基礎教育の段階の話で、ハイレベルの経営能力の教育はOJTやケーススタディなどの借り物の集合教育で断片的に実施されている事が多いようです。 cf. Fig.3


          Fig.3 企業内教育の体系

 

現在のような独創的戦略を独自に立案しアジルに実行に移さねばならない時代になったら、結果を予測しそれを直ちに確認できる身近な手段が企業経営の場において必要ですが、経営教育の場においてもそれにふさわしい因果関係を明確に確認できるシミュレーションベースの経営教育の手段が必要です。

システム・ダイナミックスを利用した経営シミュレーション講座は、ケーススタディのような単なる集合教育ではなく、Fig.4に示すようなイントラネットあるいはインターネット等を介して実施されます。サーバー上の実世界を擬似したビジネス・モデルを使って、ビジネス・プロセスの因果関係をインターラクティブに容易に確認できる教育システムです。このような、受講者の眼前での疑問の解消は、経営学の習得を目指す学生から企業の経営スタッフあるいは経営者において、抱える問題に関する理解力と確実な判断力を涵養するのに効果的です。

 

 Fig.4 インターネットを活用した経営シミュレーション講座
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ご興味をお持ちのお方は、下記までご連絡ください。

宛先  :松本 憲洋

E-mail : matsumoto@posy.co.jp

 

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