SD閑話-7 2010年6月18日 松本憲洋(POSY Corp.) タイトル:「生産35兆円 海外に流出」 6月10,11日に開催した第40回オリエンテーション・コースで取り上げた、“生産35兆円 海外に流出”についての定性モデルを、その一例としてお話します。 定性モデルの作成は宿題として出題し、翌日には宿題の結果である因果関係図を眺めながらモデルの構造について討論します。 出題内容から順に説明しますが、出題の最初に説明している、“1.システム思考に基づく問題の分析”については省略します。SD閑話−4のその項をご参照下さい。
1.システム思考に基づく問題の分析 SD閑話−4をご参照下さい。
2.取り上げる新聞記事 【 記事のテーマ 】 「生産35兆円 海外に流出」 日経新聞2010年5月31日
【 記事の概要と課題 】 製造業が海外に生産拠点を移す理由は様々である。人件費を含めたコストの削減、消費地点に生産拠点を近づけることによる利点、税制と規制の優遇、インフラ整備によるコストの低減、材料費等に対する為替益損の回避などがその理由としてあげられる。 一時、製造業の海外流出が止まったかに見えたが、それはごく一部の高度技術にかかわる製造業に限られ、自動車を初め多くの製造業が海外への流出を止めてはいない。
一方で、外資の進出については、国内需要の落ち込みもあって低調に推移している。また、内需拡大の掛け声は続いているが、人口減少の大きな流れの中で、矛盾をはらむ希望的な幻影に過ぎないと思える。
製造業の海外流出によってもたらされる最大の問題は、雇用機会の減少である。さらに、グローバル化により、同一職能に対する賃金は世界的に平準化に向かっており、日本人であるが故に高給が保証されると言うことは、今後益々困難になってくるだろうと思う。
製造業の海外流出、雇用の減少、生産額と輸出入額、賃金格差、人口減少、外資の進出はどのような構造で成り立っているのだろうか? また、この問題に対して、貴方はどのような対策が必要と考えるか? 以上について、因果関係図と時系列挙動図とを使って論述してください。
これが今回の宿題です。
上記の記事と、自分で探した関連する情報とを熟読し、さらに貴方のメンタルモデル を総動員して、以下の@〜Eを実施してください。
@分析を始める貴方の立場は?・・・自分で設定します A記事を読んで最初に予想した問題とは? B貴方の分析の目的・狙いは?・・・自分で設定します C構成する主要な要素群と、それらそれぞれの2つの要素間の関係は? D因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築します。
E結局、どんな目的に対して、どのように定義された問題であるかをDで作成した定
4.定性モデルの作成例 前述の手順に沿って、定性モデルを作成した例を以下に示します。 4.1 前段 ここは、モデルを作成する準備段階です。 @ 貴方が関係者であるとして、分析を始める貴方の立場は? ⇒製造業のグローバル事業本部の企画部員です。
A 記事を読んで最初に予想した問題とは?
⇒グローバル企業へと発展した企業の利潤の追求と、日本国経済の活力増強との両立に関する問題です。自由主義経済の下といえども、日本国政府の政策的な後押しをいかにして適時・適切に実施するかが重要であろうと思います。 B 貴方の分析の目的・狙いは?
⇒国の単位で世界が構成されている限り、国をあげて経済規模を追求することは国民の幸福に直結しているはずです。国の経済の中心となっていて発展の余地の残っている企業活動と政策的な後押しとの関係を明示的に示し、それが日本国民の幸福に繋がる雇用や日本市場にどのように関っているかも明らかにしたいと思います。 4.2 中段 ここは、実際にモデルを作成する下記のCDのステップです。 C 構成する主要な要素群と、それらそれぞれの2つの要素間の関係は? D 因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築します。
この段階は、Studio 8
を使った因果関係図の描き方に沿って進めます。
T) 目的の視点から問題(対象)を眺め、要素を抽出し、SDモデルの適当なシンボルを最小化して、それに抽出した要素の名前を名詞で付けて並べる。 U) 似かよった要素をグルーピングして色分けする。
上記のT)とU)の結果を以下に表示します。
V) グループごとに集めて、因果関係を考えてリンク線を引く。
二つのグループに分けて因果関係図をまとめました。国内・海外生産量による評価指標の図と、国内・海外生産状況の因果関係図です。後者については二つの要素の因果関係をリンク線で結んだだけですから、正にスパゲティ図で、この図で因果関係を再度読み取ることは困難です。 W) スパゲッティ図は、釣り糸のもつれを解くように要素を動かして解く。リンク線は外れない。 X) 交差が残り、許せない場合には、CLDの分割を先ず検討する。簡易的に交差を除くには、リンク線が交差する原因となっている要素のダミーを作る。そのダミーの名前は、元の要素の名前の後ろに数字をつけるなどして、ダミーであることが分かり易いような工夫を施す。 Y) CLDができたら、デザインモードのアイコンをクリックして、警告マークの表示を消す。
国内・海外生産量による評価指標は前述のままですが、国内・海外生産の因果関係図は、外資の日本進出の部分を切り出して、外資の進出誘導政策に関する図を作成しました。因果関係図で因果を追及し、フィードバックループを把握し易くするために、 因果関係図の描き方の指針に沿って、分割とダミーのシンボルの導入とを図っています。国内・海外生産の因果関係図について、以下のように分析を進めました。
レインフォーシング・ループが3つ、バランシング・ループが5つ存在します。 “R1”は、国内生産が国内の雇用を介して日本市場に影響し、それが元となった国内生産に影響する流れです。このループは、増強される場合には日本経済を活性化するわけですが、国内生産が減少に転ずると、日本経済の活力は殺がれ続きますので、それを断ち切る外部からの経済政策が必要になります。
“B1”と“B2”は、共に政策的な後押しを受けて、国内生産に影響を与えるバランシング・ループです。日本市場すなわち日本経済の活力の程度に応じて、適時・適切な政策的な後押しが実行されることが前提です。“B1”では、政策的な後押しとして円安を誘導して輸出産業の後押しをし、“B2”では、経済連携協定の締結により関税の低減を図り、輸出産業を後押ししています。
“R2”、“B3”、“B4”、“B5”は、“B1”と“B2”と同様に、政策的な後押しに基づくループですが、その影響は海外への産業流出量を介して国内生産に影響しています。“R2”では、経済連携協定の締結により、海外の生産拠点へ輸出する部品や材料の関税と、逆輸入の製品の関税とが下がることから、産業の流出を阻止するのではなく、逆に推進する効果が生じます。
“B3”、“B4”、“B5”は、政策的な後押しにより、“B3”では規制改革が進められ規制緩和され、“B4”では港湾、空港、産業道路、工場敷地、などのインフラ整備により企業経営のコストが低減し、“B5”では法人税率の引き下げにより、国内での企業経営にメリットが出てくることから、3つのループそれぞれが海外への産業の流出に歯止めをかけるバランシング・ループです。
“R3”は、国内生産と国内投資のレインフォーシング・ループで、国内生産が減少傾向にある場合には、“R1”と同様に、このループの減少を転じる外部からの経済政策が必要になります。
4.3 後段 ここでは、でき上がった定性モデルと共に、自分のメンタル・モデルを最大限に使って、現状を分析し、問題点を明確に表現します。さらに可能なら、その問題を解決するために、定性モデルのリンクの加減、ループの加減、要素の加減等を検討したうえで、問題解決のためのシナリオを創出します。 したがって、Eで述べているように、少なくとも問題の現状について説明する必要があります。E 結局、どんな目的に対して、どのように定義された問題であるかをDで作成し た定性モデルを用いて説明します。 “R1”と“R3”以外の6つのループは、いずれも日本市場、すなわち日本経済の活力の程度に応じて、適時・適切な政策的な後押しが実行されることが前提となっています。グローバルな経済環境においては、自由主義経済の下であっても、国単位の政策的な後押しが、その国に属する企業の国内での生産量に大きく影響します。それがそのまま国民個々の経済的基盤を左右することを、この因果関係図から読み取ることができます。
また、ここでは触れませんでしたが、海外現地法人からの配当収入が日本国内でその後どのような経済効果をもたらすかについて、この因果関係図に書き加える必要がありました。この問題は、産業の海外流出により日本の雇用が縮小することによる社会の不安定化、および富の再配分の考え方とも合わせて検討する必要があると思います。
非正規雇用という陳腐な言葉に代表されるように、海外への産業流出ではなく、国内の拠点で発展途上国に近い賃金レベルを適用することが始まっているように感じます。特に、比較的低レベルの職能については、日本人の雇用に対しても、発展途上国からの外国人の雇用に対しても、その傾向にあるように思われます。日本人の賃金格差の拡大とそれによる社会の階層化、さらにはそれに伴う社会不安の増大が危惧されます。これらは把握しにくい要素ではありますが、これらも含めて日本国の経済分析は行なわれるべきであり、さらにそれに基づいて政策的な後押しが実行される必要があると考えます。
比較的低レベルの職能だけでなく、製造業では製品計画などの高度の職能についても、日本国内の職場に海外からの優秀な人材が登用される傾向が顕在化しています。高度の職能レベルにおいても、日本人の働く場は狭められてきているわけです。
結局、産業に対しては政策的な後押しは不可欠で、国家戦略を持って当らねばならないのですが、個人単位では各レベルの職能に対する実力評価が、グローバルになされ始めているわけです。私個人としてもヨーロッパの友人が極普通に国を跨って活躍する様を見るにつけ、この基本的な考え方あるいは生活習慣を身に付けるべく、日本でも教育の場から変革しなければならないのではないだろうかと強く感じています。
当然、そのような考え方に基づいて政策は立案され、実行されてきたと主張される方も多いと思います。しかしながら、例えばインフラ整備一つ取り上げても、役に立たない80もの地方空港、機能不全の幾多の港湾などなど、世界の中での日本国としての投資戦略に基づいているとは、とても考えられない政策の屍が、恥ずかしげもなく数限りなく存在しています。自由主義経済の下で神の手が経済のバランスをとるのを待つ時代ではないでしょう。政策的な後押しにより日本国としての戦略を持って実行に移し、世界の中で日本社会の発展を有利に進めるべきだと考えます。
そのためには、各人が現状を視覚化し、それを見ながら相互に確認し、そして共通の認識を持つことから始めることではないでしょうか。そうすれば、全体の中で各人の局所的な要求の位置づけが明確になり、何が全体最適に必要であるかをそれぞれが自ら認識できると考えます。ここで、各人が現状認識のメンタル・モデルを視覚化し、それにより関係者間でコミュニケーションを図るには、システム・ダイナミックスに基ずく定性モデルや傾向分析用の定量モデルが最適な方法論であることを付記しておきます。
以上が“生産35兆円 海外に流出”を対象とした定性モデルの構築と分析の一例です。今回のオリエンテーション・コースには、大阪の中小企業の経営者の方も参加されました。翌日の討論では、自社の従業員の若手とベテランの能力比較、あるいは若手従業員と外国人との能力比較、さらには若手従業員に対する面談による育成指導などについて話がありました。このような議論ができるのも、視覚化された因果関係図があり、それを眺めることで自らも周りの人たちも、問題を整理して引き出すことができるからだと思いました。システム・ダイナミックスに基づく方法論は、自己学習およびグループ学習、あるいはコミュニケーション手段として、実用的でかつ効果的だと言えます。 皆様のお考え、あるいはご感想を、ここをクリックしてお送り下さい。 SD閑話-7 了
【 付録 】 前述の最終的なCLDは、以下のzip圧縮ファイルをダウンロードして入手できます。デザインモードのまま保管してあります。WinZip他の適当なツールで解凍した後、自由に操作してお試し下さい。 “生産35兆円 海外に流出”のCLDのダウンロードには、ここをクリックしてください。
なお、Ps Studio 8 の商品版をお持ちでない場合には、CLDをダウンロードすると共に、下方のやり方で、フリーのPs Studio 8 Express をダウンロードして、CLDを開くためのシステム・ダイナミックス・ツールを準備してください。
評価版Ps Studio 8 Expressのダウンロード方法 Powersim社の評価版です。SDに関して初心者の方が、SDの実用化の可能性を探るために、SDの概要を学習した上で、Studio8を評価したい場合などにお使い下さい。 ダウンロードの方法 @ http://www.posy.co.jp/PS-download-f.htm を開く。 A 上端の“評価版のダウンロード”をクリック。 B ■評価版:Studio Express のダウンロードにある空色のボックスをクリックすると、Powersim社のダウンロードのページに入りますから指示に沿って進んでください。 Studio 8 Expressの機能 ▼再インストール:繰り返し可能 ▼機能:商品版と全く同一機能(具体的には、その時点で最新のProfessional版) ▼要素数:50以下 ▼有効期間:Powersim社がメールでプロダクト・キィを送付した後60日間
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