SD閑話-5 2010年8月31日 松本憲洋(POSY Corp.) タイトル:「クロマグロの漁獲と資源管理のモデリング」 SD閑話−4では、日経新聞の“クロマグロ漁船ごとの上限”の記事を取り上げました。 水産会社の企画部員の立場で、マグロ事業の将来性を推測するために、太平洋のクロマグロの漁獲高と資源量との関係を把握したいと考えて、定性モデルを作成しました。 作成した因果関係図には5つのバランシング・ループが存在し、資源量に直接関係するループ、その原因となる総漁獲量に関係するループなどについて理解することができました。 しかしその結果、5つのバランシング・ループが関係して漁獲量と資源量との関係が決まることが分かっただけで、量的には傾向すら全く分かりません。 このままでは、マグロ事業の将来性を掴むことはできません。 そこで今回、傾向分析用の定量モデルを構築して、漁獲量と資源量との量的な傾向を把握したいと思います。
1. 定性モデル SD閑話−4で作成した定性モデルを以下に再録します。 @ 貴方が関係者であるとして、分析を始める貴方の立場は? ⇒水産会社の企画部の社員です。 A 記事を読んで最初に予想した問題とは? ⇒現状の漁獲高が資源枯渇に向かう乱獲に相当するかどうかが不明である。また、マグロは大きくなる魚であるから、漁獲する魚齢が持続可能な資源量に大きな影響を与えるのではないか。 B 貴方の分析の目的・狙いは? ⇒マグロ事業の将来性を推測するために、太平洋のクロマグロの漁獲高と資源量の関係を把握したいと考えています。 C 作成した因果関係図の主要部分
定量モデルの構築においても、定性モデルと同様に、“対象としているシステムを、注目している視点から眺める”ことから始めることには変わりはありません。 定量モデルの構築手順を以下に整理しておきます。
@ 問題の認識から定義 A 関連資料の収集 B 問題に関係する要素のリストアップと主要変数の決定 C 主要変数の時系列挙動図(リファレンス・モード)および位相面図の作成 D 解決策の予測 E 主要要素の因果関係を確認 ------------------------------- F 自然言語でモデルを作成 G モデルの構築 H モデルの検証(チューニング) I 戦略シミュレーション J 解決策の決定 K 実適用後の評価・フィードバック
今回の閑話では、主にF〜Hについてお話しますが、その前に“A関連資料の収集”から検討を始めます。
3.関連資料 水産関係の基礎知識がない者が、太平洋のクロマグロに関する定量モデルまでを作ることができるかと聞かれると、中々難しいと答えざるを得ません。 しかし、最近のウェブ上には各種の情報が公開されていますから、学術論文を書くことは不可能としても、太平洋のクロマグロを取り巻く全体の状況を把握するための定性モデルに近い傾向分析用モデルを構築することは可能と思われます。
今回、関連資料として、独立行政法人水産総合研究センターが公開している“国際漁業資源の現況”の中から、主に、「クロマグロ 太平洋」(執筆者:山田陽巳、高橋未緒、竹内幸夫)を参照して、素人の私が、傾向分析用モデルを作ることにしました。 http://kokushi.job.affrc.go.jp/H18/H18/H18%2004.htm
水産学の専門家であるなら、年齢別の漁獲尾数を用いたコホート解析(SDでも人口モデルなどで使います)などの詳細なデータを必要とする複雑な解析により、資源評価を行なう ことでしょう。 しかし、専門外の人間にはそのようなデータを入手することは困難であり、また、国際的な機関において、そのようなデータそのものの不確実性が高いと判断されてもいるようですから、なるべく単純な構造のモデルを構築することにします。
前述の参照資料「クロマグロ 太平洋」から、次のような主要なデータを抜き出しました。
(1)クロマグロの特性 0から1歳魚の平均体重 ”0−1体重”=1.5kg 1から2歳魚の平均体重 ”1−2体重”=6.5kg
(2)太平洋クロマグロの漁獲量:cf. 表1 & 図2
(3)太平洋クロマグロの資源量:cf. 図7
(4)重量から尾数換算
前述の資料から抜き出した上記のデータだけではモデルの全てを定義することはできません。
不足するデータについては、モデルの構造を描いた後で仮説を立てて設定します。 4. 傾向分析用の定量モデルの構築 クロマグロの成長を、0〜1歳、1〜2歳、2歳以上に分けて、それぞれをレベルで表現し、それをフローを介して連続して、これをクロマグロの成長モデルとしました。 卵を産み始める成魚は3歳以上なので、できれば3歳で区分けして、それ以上の魚体が産卵に関るとしたほうが良いと思ったのですが、一般的なマグロの区分けとして2歳で分けることが多いそうなので、この区分けにしました。
モデルを見ていただくと、左端に“生存量変動率”とありますが、これは生存量と言うより産卵量のことです。 水温などの環境変化によって、毎年の加入量、即ち、”生存稚魚”は、500万尾から3000万尾の幅で大きく変動するようですが、原因は不明とのことです。 マグロのように寿命が比較的長い魚では、資源量の変動要因として、環境変化に伴う自然変動と漁獲量による漁獲変動があるわけですが、このモデルでは自然変動に関して は産卵についてのみ現状に近い幅の不規則変動 (標準偏差率=40%)を与えることにします。
日本の漁獲量は世界の漁獲量の73%であるとして”世界の漁獲量推定”を求めることにしますが、その値に標準偏差率40%の正規分布の 変動要因を乗じて、全体の漁獲変動の様子を表現することにします。 さらに、魚齢別の漁獲変動要因を表現するために、標準偏差率40%の正規分布の変動要因を、0から1歳魚の”0−1漁獲”と成魚の”2−20漁獲”に乗じることにします。
また、資源量の25%以上を漁獲する能力がないとしていますから、資源量が減ってきますと、漁獲量も低下することに なります。 シミュレーションの実施期間は20年間で、刻み時間(timestep)は1年です。
モデルの構造を以下に示します。
モデルは、クロマグロ漁獲セクタを中心にして、資源重量換算セクタ、漁獲量換算セクタ、畜養セクタから構成されています。 平均の漁獲高として、”0−1漁獲”と”1−2漁獲”および”世界の漁獲量推定”は、実績値から求められますから、”2−20漁獲”は、(”世界の漁獲量推定”−(”0−1漁獲”+”1−2漁獲”) )で求められます。
クロマグロの資源量は、クロマグロ漁獲セクタの中の3つのレベルである”0−1歳”、”1−2歳”、”2−20歳”の合計を重量換算したものです。 0から1歳の資源量”0−1歳”の初期値は実績データの平均から1700万尾ですが、残り2つの資源量の初期値は定まっていません。 そこで、0−1歳魚の”生存率01”を28%と仮定して、初期の”成育”=約350万尾/年とし、その成育量がそのまま1から2歳の資源”1−2歳”の初期値であるとします。 その結果、実績から求めた資源量合計から、”0−1歳”と”1−2歳”とを減ずることにより、2歳から20歳までの資源”2−20歳”の初期値は66万尾となります。
全資源重量に対する産卵資源重量は、前節で示したように30%でしたが、今回のモデルでは”2−20歳”の成魚が一定の割合で産卵することになっています。 産卵するクロマグロは1尾当たり50尾の稚魚を生存させますが、その産卵するクロマグロの数の成魚”2−20歳”に対する割合を求める必要があります。 前節のデータでは、産卵資源量は、3.5万トンで、尾数に換算すると35万尾になります。 一方、資源”2−20歳”の初期値は前述のように66万尾ですから、”産卵資源量率”は35/66で約52%になります。
さて、海の中の資源量については確定的な値として決めることができないので、純粋な科学的な問題として捉えるのではなく、関係者のそれぞれの立場によって、政策的な、あるいは恣意的な仮説が前提とされることがあるように思われます。 そこで、今回のモデルでは、前節で求めた平均の漁獲高や資源量などで、変動がない場合には静的に釣り合っているとして、”1−2歳”から”2−20歳”に移行する魚体数は、毎年”2−20歳”から漁獲と死亡により消失する魚体数に等しいとしました。 その結果、1から2歳の資源”1−2歳”の”生存率12”は、31.8%となりました。
次に、畜養セクタについて関単に説明します。 日本の畜養は、孵化して間もない稚魚を捕獲して、畜養することがほとんどだそうですが、このモデルでは、0から1歳魚を3年間畜養する場合と、1から2歳魚を2年間畜養する場合の両方を想定しています。 いずれも出荷する段階の体重は50kgです。 畜養生簀に入荷する魚体数は、それぞれの魚齢資源の漁獲量に影響受けますから、畜養期間だけの遅れをもって、出荷量も変動することになります。
以上の仮定した値を、以下にまとめて記載します。
0〜1歳魚の”漁獲率01”=7%/年
蓄養年数は、”0−1歳”の”蓄養向漁獲”に対して3年、
”成魚当りの稚魚生存量”の変動の標準偏差率=40% 成魚数に対する産卵資源数の割合”産卵資源量率”=52%
上記の全ての変動の標準偏差率を0とした場合のシミュレーション結果を以下に示します。
上記のシミュレーション結果により、設定した各変数の値は、静的な釣り合い条件を与えていることを確認できました。
次に、”成魚当りの稚魚生存量”、”世界の漁獲量推定”、”漁獲率01”および”2−20漁獲”に所定の変動分を加えたシミュレーション結果を以下に示します。
このモデルでは、変動を表現する乱数の時系列には特別な生物学的なあるいは漁業産業的な意味はなく、単に変動の振幅を実績に近づけるように設定しているに過ぎません。
幾つかの変数について、シミュレーション結果を実績値と比較してみましょう。
いずれも左側が文献に記載されているグラフです。 ここで注意していただきたいのは、シミュレーション・モデルの中で変動要因を4ヶ所の変数について与えていますが、それらの時系列パターンの相互の関係については全く関係付けていないと言うことです。
したがって、左右の比較をされる場合には、時系列パターンの相似性は検討の対象にはならず、その変動の振幅のみを比較してご覧下さい。 そのような詳細な変化を考慮しないで最大・最小の振幅だけを比較すると以下となります。 実績最大 3.4万トン/年 シミュレーション最大 3.4万トン/年
最小 0.7万トン/年
最小 0.1万トン/年
次は稚魚の加入量です。 左側の文献によるグラフはVPAにより推定されたデータです。 これらのデータについては、専門家の間で関連データ間の整合性が必ずしも確認されているわけではないようですが、この閑話ではこれ以上は追求しません。 上述の総漁獲重量と同じように振幅を比較すると以下となり、シミュレーション結果が全体的に少し低目の値を示しているようです。 実績最大 42百万尾/年 シミュレーション最大 27百万尾/年 最小 4百万尾/年 最小 0百万尾/年
最後は資源量です。 同じように変動の最大値と最小値とを以下で比較します。 実績最大 16万トン/年 シミュレーション最大 16万トン/年
最小 6万トン/年
最小 10万トン/年 しかも、この平均漁獲量は特に大きな値ではなく、今回のモデリングで採用している平均漁獲量の60%程度に過ぎないのです。
この結果から想像しますと、上記の5年間の間に孵化して加入した資源量と、自然の摂理で消滅した資源量がほぼ同じであったことになりますが、そうなんでしょうか。
文献のデータとシミュレーション結果とを比較して、資源量に関しては長周期の変動分の差異が説明できませんでした。
5.おわりに
前述の最終的なモデル、静的モデルと変動モデルとは、以下のzip圧縮ファイルをダウンロードして入手できます。 WinZip他の適当なツールで解凍した後、自由に操作してお試し下さい。 太平洋クロマグロの漁獲と資源管理の傾向分析用モデルのダウンロードには、ここをクリックしてください。
なお、Ps Studio 8 の商品版をお持ちでない場合には、モデルをダウンロードすると共に、下方の方法で、フリーのPs Studio 8 Express をダウンロードして、モデルを開くためのシステム・ダイナミックス・ツールを準備してください。
評価版Ps Studio 8 Expressのダウンロード方法 Powersim社の評価版です。SDに関して初心者の方が、SDの実用化の可能性を探るために、SDの概要を学習した上で、Studio8を評価したい場合などにお使い下さい。 ダウンロードの方法 @ http://www.posy.co.jp/PS-download-f.htm を開く。 A 上端の“評価版のダウンロード”をクリック。 B ■評価版:Studio Express のダウンロードにある空色のボックスをクリックすると、Powersim社のダウンロードのページに入りますから指示に沿って進んでください。 Studio 8 Expressの機能 ▼再インストール:繰り返し可能 ▼機能:商品版と全く同一機能(具体的には、その時点で最新のProfessional版) ▼要素数:50以下 ▼有効期間:Powersim社がメールでプロダクト・キィを送付した後60日間
【 付録 −2 】 モデルの定義式を以下に掲載します。 このモデルは、フリーのStudio 8 Expressで稼動できるように、変数の数を50以下に抑えました。 そのため、”世界の漁獲量推定”などのように、一つの変数の中が複雑になってしまったものがあることにご注意下さい。 Name Unit Definition 合計資源量 t '0−1資源量'+'1−2資源量'+'2−20資源量' 2−20資源量 t '2−20歳'*'2−20体重' 1−2資源量 t '1−2歳'*'1−2体重' 0−1資源量 t '0−1歳'*'0−1体重' 合計重量 t/yr 漁獲重量+蓄養重量 漁獲重量 t/yr '0−1漁獲重量'+'1−2漁獲重量'+'2−20漁獲重量' 蓄養重量 t/yr 蓄養体重*蓄養出荷 2−20漁獲重量 t/yr '2−20体重'*'2−20漁獲' 1−2漁獲重量 t/yr '1−2体重'*'1−2漁獲'*(1-蓄養割合) 0−1漁獲重量 t/yr '0−1体重'*'0−1漁獲'*(1-'0−1蓄養割合') 蓄養体重 kg/bi 50<<kg/bi>> 蓄養出荷 mbi/yr ARRSUM(出荷) 蓄養割合 % 0% 1−2蓄養向 mbi/yr 蓄養割合*'1−2漁獲' 生存率蓄養 %/yr 70%/1<<yr>> 0−1蓄養割合 % 38% 0−1蓄養向 mbi/yr '0−1漁獲'*'0−1蓄養割合' 2−20漁獲予定 t/yr MAX(0<<t/yr>>,世界の漁獲量推定-稚魚漁獲) 稚魚漁獲 t/yr '0−1漁獲'*'0−1体重'+'1−2漁獲'*'1−2体重' 0−1体重 kg/bi 1.5<<kg/bi>> 1−2体重 kg/bi 6.5<<kg/bi>> 産卵資源量率 % //30%// 52% 2−20体重 kg/bi 100<<kg/bi>>
世界の漁獲量推定
t/yr MAX(0,NORMAL(1,0.5,0.8))*日本の総漁獲許可重量/73%
日本の総漁獲重量 t/yr 13400<<t/yr>> //12000<<t/yr>>// //5000<<t/yr>>// //15000<<t/yr>> 漁獲上限量 mbi/yr ('2−20漁獲予定'/'2−20体重') 漁獲率12 % 28% 漁獲率01 % 7%*MAX(0,NORMAL(1,0.4,0.3)) 寿命−2 yr 18<<yr>> 生存率12 % 31.8% //28.7%// 生存率01 % 28% 成魚当りの稚魚生存量 50<<bi/bi>>*MAX(0,NORMAL(1,0.4,0.99)) 1−2漁獲 mbi/yr '1−2歳'*漁獲率12/1<<yr>> 死亡12 mbi/yr '1−2歳'*(1-生存率12)/1<<yr>> 2−20漁獲 mbi/yr MIN('2−20歳'*25%/1<<yr>>,漁獲上限量) *MAX(0,NORMAL(1,0.4,0.4)) 0−1漁獲 mbi/yr '0−1歳'*漁獲率01/1<<yr>> 死亡01 mbi/yr '0−1歳'*(1-生存率01)/1<<yr>> 死亡220 mbi/yr MAX(0<<mbi/yr>>,('2−20歳'/'寿命−2')) 熟成 mbi/yr MAX(0<<mbi>>,'1−2歳'*(1-漁獲率12-(1-生存率12)))/1<<yr>> 成育 mbi/yr MAX(0<<mbi>>,'0−1歳'*(1-漁獲率01-(1-生存率01)))/1<<yr>> 生存稚魚 mbi/yr MAX(0<<mbi>>,'2−20歳'*産卵資源量率*成魚当りの稚魚生存量) /1<<yr>> 2−20歳 mbi 66<<mbi>> 1−2歳 mbi 360<<mbi>> 0−1歳 mbi 1700<<mbi>> 蓄養 chikuyo mbi {0,90}<<mbi>> 畜養年数 chikuyo yr {2,3}<<yr>> 死亡畜養 chikuyo mbi/yr 蓄養*(1<<1/yr>>-生存率蓄養) 出荷 chikuyo mbi/yr FOR(i=chikuyo|(蓄養[i]-死亡畜養[i]*1<<yr>>)/畜養年数[i]) 入荷 chikuyo mbi/yr {'1−2蓄養向','0−1蓄養向'}
SD閑話-5 了 |