SD閑話-4 2010年6月3日 松本憲洋(POSY Corp.)
タイトル:「太平洋のクロマグロ資源」
 

51314日に開催した第39回オリエンテーション・コースで取り上げた、“太平洋のクロマグロ資源”についての定性モデルを事例としてお話します。

定性モデルの作成は宿題として出題し、翌日には宿題の結果である因果関係図を眺めながらモデルの構造について討論します。

以下に記述するように、オリエンテーションでは、出題内容から順に説明しました。

 

1.システム思考に基づく問題の分析

システムズ・アプローチには、システム思考(Systems Thinking)と、システム・ダイナミックスとが含まれています。
前者では定性的モデルを用い、後者では定量的モデルを用います。
この演習は、前者のシステム思考に関するもので、取り扱う対象全体の構造を把握し、その定性的な挙動を推測します。

 

詳しくはオリエンテーション・コースの最初に説明しますが、システムズ・アプローチの基本的な考え方をここで簡単にお話しておきます。
我々は昔からのやり方として、問題を分析して解決策を見出すために、対象を体系だって分解して、対象となる構成要素の内容を明らかにする方法をとってきました。
これは一般に要素還元法と言われるやり方で、科学的方法であると考えられていました。
ロジカル・シンキングやクリティカル・シンキングなどがこれにあたります。

 

しかし、人間の体を考えてみても分かるように、臓器それぞれはそれなりの機能を持っていますが、それを知っただけでは人間の体の機能を推し量ることができません。
すなわち、臓器単独の機能だけではなくて、臓器間の関係性まで把握しておかないと、人体の機能は推し量れないのです。
システムズ・アプローチは、対象を構成要素に分解するだけでなく、分解した構成要素間の関係性をも把握するやり方です。
したがって、システムズ・アプローチにおけるモデルを定義するには、捨象と抽象化により、対象を分解して主要な構成要素の存在を把握するだけに止まらず、それぞれの関係性も把握します。
そして、主要な構成要素とそれらの関係性だけで再構成したシステムのことをモデルと定義しています。

 

システムズ・アプローチは、目的と達成すべき課題が明確になっている対象に対するハードシステム・アプローチと、目的も達成すべき課題も複数の関係者がそれぞれに持っていて、明確に一つにはなっていない対象に対するソフトシステム・アプローチとがあります。
今回のオリエンテーション・コースで主に学習するのは前者です。狭義のシステム・ダイナミックスです。
後者に対処するには、システム思考(システムズ・シンキング)を使いますが、今回はそれに長い時間を割けないので、宿題として取り組んでいただきます。

 

さて、システム思考のツールには、因果関係を表現するCausal Loop Diagram(CLD)と、主要要素の挙動を表現する時系列挙動図とがあります。
この二つの表記法で表現されたモデルは、定性モデルと呼ばれます。

 

以後に示す新聞記事と、それに関連する各自のメンタル・モデルとを合わせて、現在の状況を分析し、問題点を明確に表現してください。
さらに展開できる場合には、その問題に対処するシナリオを、定性モデルを使って提言してください。

 

2.取り上げる新聞記事
「クロマグロ漁船ごとに上限」  日経新聞201055
記事は、次のページに掲載しています。

概要:

3月のワシントン条約締約国会議などで、日本は資源管理の強化を求められている。
太平洋のクロマグロに関しては、70%の漁獲が日本の漁業者によるものであるから、農林水産省では、太平洋のクロマグロに対する資源管理策を打ち出し、来春の導入を目指すことになった。
 

検討を進めている資源管理策は、資源が将来枯渇しないことを目標にして、年間の漁獲量の上限を設定し、クロマグロの半数以上を漁獲しているまき網漁船のそれぞれに漁獲量を割り当てる案である。
これまでは、国際機関での合意に沿って、漁船の減船などで資源を管理してきたが、その方針を変更することになる。

産卵期の漁獲の禁止、小型魚の漁獲の禁止、小型魚の養殖実施の確認、なども実施することを検討している。

 

持続的なクロマグロ資源の管理を行う上で、クロマグロを取り巻く状況を把握し、資源管理策の妥当性を、行政、漁業者、消費者が理解できる形で検証する必要がある。

 

3.分析のための定性モデルの作成手順

上記の記事と、自分で探した関連する情報とを熟読し、さらに貴方のメンタル・モデルを総動員して、以下の@〜Eを実施してください。

 

@貴方が関係者であるとして、分析を始める貴方の立場は?

A記事を読んで最初に予想した問題とは?

B貴方の分析の目的・狙いは?

C構成する主要な要素群と、それらそれぞれの2つの要素間の関係は?

D因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築します。
E結局、どんな目的に対して、どのように定義された問題であるかをDで作成した定 
 
性モデルを用いて説明します。

 

 



 

4.定性モデルの作成

前述の定性モデルの作成手順に沿って、モデルを作成します。

4.1      前段

ここは、モデルを作成する準備段階です。

@    貴方が関係者であるとして、分析を始める貴方の立場は?

⇒水産会社の企画部の社員です。

A    記事を読んで最初に予想した問題とは?

⇒現状の漁獲高が資源枯渇に向かう乱獲に相当するかどうかが不明である。また、マグロは大きくなる魚であるから、漁獲する魚齢が持続可能な資源量に大きな影響を与えるのではないか。

B    貴方の分析の目的・狙いは?

⇒マグロ事業の将来性を推測するために、太平洋のクロマグロの漁獲高と資源量の関係を把握したいと考えています。

 

4.2      中段

ここは、実際にモデルを作成する下記のCDのステップです。

C        構成する主要な要素群と、それらそれぞれの2つの要素間の関係は?

D        因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築します。

この段階は、Studio 8 を使った因果関係図の描き方に沿って進めます。

T) 目的の視点から問題(対象)を眺め、要素を抽出し、SDモデルの適当なシンボルを最小化して、それに抽出した要素の名前を名詞で付けて並べる。
錯綜を避けるために負のイメージの名前は付けない。Ex.利益減少、需要減など。

U) 似かよった要素をグルーピングして色分けする。

 
 

V) グループごとに集めて、因果関係を考えてリンク線を引く。
   正方向は青色、逆方向は赤色を付ける。

 

 

W) スパゲッティ図は、釣り糸のもつれを解くように要素を動かして解く。リンク線は外れない。

X) 交差が残り、許せない場合には、CLDの分割を先ず検討する。簡易的に交差を除くには、リンク線が交差する原因となっている要素のダミーを作る。そのダミーの名前は、元の要素の名前の後ろに数字をつけるなどして、ダミーであることが分かり易いような工夫を施す。

Y) CLDができたら、デザインモードのアイコンをクリックして、警告マークの表示を消す。
 

 

前の段階のCLDではリンク線が交差して見難いので、農林水産省の方針が直接影響する日本国内の効果と、間接的な海外の同調国による効果とに二分しました。海外の同調国の効果は、資源強化を求める世界の世論に促されて強化された農林水産省の資源管理の方針が近隣諸国に波及して、保護されるクロマグロの資源量に影響すると言う一つのバランシング・ループを形成しています。

 

一方、農林水産省の方針が直接影響する日本国内の効果については、その部分を抜き出して少し大きな画面にして以下に示します。このCLDでは、変数名の後ろに数字が書かれたものがありますが、これらは交差を避けるために置いたダミーであることを意味しています。このCLDにおいては、次の4種類の変数についてダミーを配置しました。

・ 資源管理の強化を求める世界の世論1
・ 農林水産省の資源管理方針の強化1&2
・ 保護される資源量1
・ 完全養殖の促進1

なお、このクロマグロ資源のCLDでは、ほとんどのリンクにおける因果関係が、大幅な時間遅れを伴って発生するため、遅れを意味する印をいずれのリンク線にも付けていません。

 
 

4.3 後段

ここでは、でき上がった定性モデルと共に、自分のメンタル・モデルを最大限に使って、現状を分析し、問題点を明確に表現します。さらに可能なら、その問題を解決するために、定性モデルのリンクの加減、ループの加減、要素の加減等を検討したうえで、問題解決のためのシナリオを創出します。

したがって、Eで述べているように、少なくとも問題の現状について説明する必要があります。
  E 結局、どんな目的に対して、どのように定義された問題であるかをDで作成し
     た定性モデルを用いて説明します。

 

中段における農林水産省による資源管理強化の効果のCLDを見ると、5つのバランシング・ループが存在しますが、多くが漁獲総量に関係しています。漁獲総量は、保護される資源量に直接影響します。さて、5つのバランシング・ループは右側から、@産卵期の休漁期間の効果、A小型魚の漁獲禁止の効果、B年間の漁獲総量の上限を規制する効果、Cマグロの価格がマグロ漁業の魅力に及ぼす効果、D漁船個別の漁獲割当量がマグロ漁業の魅力に及ぼす効果です。

 

5つのバランシング・ループの内で、保護される資源量に直接影響を及ぼすのは、@、A、Bです。漁獲総量に直接影響を及ぼすのは、A、B,、Cです。今回の農林水産省の規制強化の目玉はDですが、CとDとはマグロ漁業の魅力が日本のまき網漁船数に影響して、その結果、漁獲総量が影響を受け、さらには保護される資源量に影響すると言う構造になっています。したがって、肝心の保護される資源量に対して今回の規制強化の方針は、間接的に影響を及ぼす要素であることが分かります。直接的な効果は、年間の資源量の上限規制、産卵期の休漁期間規制、そして小型魚の漁獲禁止規制により発生します。

 

5.定性モデルの作成だけで目的は達成されたでしょうか?

当初、私が分析の目的あるいは狙いとしたのは、マグロ事業の将来像を推測するために、太平洋のマグロの漁獲高と資源量の関係とを把握することでした。上述のCLDの分析で満足かと問われると、とてもYesとは答えられません。

 

5つのバランシング・ループの挙動が影響し合って、保護される資源量を決定するわけです。その量と漁獲総量との関係にしても、現状では漁獲数量が増える(減る)と、保護される資源量が減る(増える)と言う単純な挙動しか予測できていません。この段階で止まったのでは、マグロ資源を取り巻く状況を“お勉強しました”と言う段階に過ぎず、実際のビジネスでプロフェッシナルとしては使えません。

 

当初の目的と狙いとを少しでも達成するために、傾向分析用の定量モデルを活用する次の段階に進みたいと思います。次号の閑話では、クロマグロの漁獲総量と資源量の関係を把握するために、システム・ダイナミックスにより定量モデルを構築する例をお話ししましょう。

 

 

【 付録 】

前述の最終的なCLDは、以下のzip圧縮ファイルをダウンロードして入手できます。デザインモードのまま保管してあります。WinZip他の適当なツールで解凍した後、自由に操作してお試し下さい。

太平洋クロマグロ資源のCLDのダウンロードにはここをクリックしてください。

 

なお、Ps Studio 8 の商品版をお持ちでない場合には、CLDをダウンロードすると共に、下方のやり方で、フリーのPs Studio 8 Express をダウンロードして、CLDを開くためのシステム・ダイナミックス・ツールを準備してください。

 

評価版Ps Studio Expressのダウンロード方法

Powersim社の評価版です。SDに関して初心者の方が、SDの実用化の可能性を探るために、SDの概要を学習した上で、Studio8を評価したい場合などにお使い下さい。

ダウンロードの方法

  @ http://www.posy.co.jp/PS-download-f.htm を開く。

  A 上端の“評価版のダウンロード”をクリック。

  B ■評価版:Studio Express のダウンロードにある空色のボックスをクリックすると、Powersim社のダウンロードのページに入りますから指示に沿って進んでください。

Studio 8 Expressの機能

  ▼再インストール:繰り返し可能

  ▼機能:商品版と全く同一機能(具体的には、その時点で最新のProfessional版)

  ▼要素数:50以下

  ▼有効期間:Powersim社がメールでプロダクト・キィを送付した後60日間

 

 

SD閑話-4 了