SD閑話-15 2011年11月14日 2012年3月30日改訂  
松本憲洋(POSY Corp.)
タイトル:
「 モデル・ベースト経営 」

要 旨
来年2012年に、スイスのサンクト・ガレンで開催されるシステム・ダイ
ナミックス学会国際会議   30th SDS-IC)の議題が決まって、10月末に論文募集の案内が送られてきました。議題は、Model-Based Management(モデル・ベースト経営)です。プログラムの説明として、以下の記述がありました。
 
会議ではモデル・ベースト経営に焦点を当てます。この議題により、ダイナミックなシステムとして効率的な経営を目指すためには、形式の整ったモデルが重大な役割を担っていること、および、方針立案、組織設計あるいは組織学習において、モデリングやシミュレーション技術が近頃本質的な要素になりつつあるわけについて、明らかにされることでしょう。

論文は、主題である“モデル・ベースト経営”については勿論のこと、システム・ダイナミックス・モデリングの理論や応用に関するあらゆる議題について募集されます。また、主題の議論から、ビジネス関係の出席者に直接的なメリットが得られるような特別のプログラムも計画されています。
 
過去10年にわたって、システム・ダイナミックス学会日本支部(JSD)のシステム・ダイナミックス(SD)の研究や応用において、”モデル・ベースト経営“の必要性を訴えてきていましたので、今回の情報を知り、正に我が意を得たりの感想を持ちました。そこで、”モデル・ベースト経営“に関して短い四方山話をお話したいと思います。

日本における“モデル・ベースト経営”
私がSDに興味を持ったのは、1990年代末ですから、それからそう時間が経っているわけではありません。20012年頃、JSDの定例研究会に出席されている方の中には、SDモデルを作ると思いもかけないような素晴らしい答を得ることができると、真面目にお話になる方がいらっしゃいました。そんなSDブラック・ボックス論には違和感を感じたものでした。
当時から、SDは制御理論と同じ考え方に立って構成されていることは当然のことながら分かっていました。それで、SDは、社会科学系の複雑な問題を仮説の下でモデル化して、シミュレーションと実世界の実績データとによりその仮説を検証し、さらには問題解決のヒントを得るための方法論であると考えていました。

そんな折、木村英紀先生が書かれた新書版「制御工学の考え方」を通勤電車の中で読んでいたところ、その中に制御アルゴリズムの設計を、コンピュータ上でモデルを使って行なうやり方を、一般的に“モデル・ベースト制御(Model Based Control)”と呼んでいると書かれていました。
モデルをPC上で築いて、ビジネス・プロセスを設計するやり方の名前をそのとき考えていましたので、即、“モデル・ベースト経営”を採用した訳です。
JSDの学会誌“システムダイナミックス”には、タイトルに“モデル・ベースト経営”を含む以下の拙文が掲載されています。

松本憲洋;モデル・ベースト経営,JSD学会誌No3,2003
松本憲洋;BSC戦略経営にモデル・ベースト経営手法を組み込む,JSD学会誌No5,2006


モデル・ベースト経営とは?
モデル・ベースト経営について簡単に整理しておきます。

モデル・ベースト経営の本質は“仮説検証”です。
経営においては、オペレーションや環境
に起因して様々な問題が発生します。貴方がその分野のプロフェッショナルであるなら、問題の原因に関して仮設を立て、その問題の解決法についても仮説を立てることができるでしょう。しかし、それらの仮説の正否は分かりません。

社会環境の変化がゆっくり進んでいた時代には、その仮説の妥当性を調べるために、注意深く仮説を実経営に組み込んで、検証していました。
しかし、個人を結ぶ通信回線網が地球を覆い、グローバルな反応が短時間の内にフィードバックされる現代では、リスクの確率が高く悠長でもあるこんな検証方法を 、仮説に関してとるわけにはいかなくなった産業分野が増えています。
そこで、仮説検証を頻繁にかつ迅速に実行するには、 上右図に示すように、実経営のバランシング・フィードバック・ループに加えて、PC上のモデルによる仮想世界のバランシング・フィードバック・ループを追加するのです。仮想世界のループで仮説に対する検証を適宜 かつ迅速に実行し、その結果に基づいて実経営におけるアクションの内容を決定し実行するのです。このことを、基本的な“モデル・ベースト経営”と呼んでいます。

モデル・ベースト経営を適用できる実経営のステップは、社会環境が自社の経営に優位であるか否かを分析する“社会・経済状況の分析”を初めとして、右図に示すように、大きく分けて5種類あります。

最近の国会におけるTPPの集中審議にしても、放射能対策の質疑にしても、色んな立場で思惑を含んだ仮説が、検証や整合性がないままに討論されています。すれ違うままの言葉の遊びに、侘しさを感じているのは私だけではないと思っています。もっと大局観を持って、仮説は検証を行なって信頼性を担保して、日本国の進む道を議論できないものでしょうか?
これも政策決定における“モデル・ベースト経営”の適用なのですが。


【附 録】

11月初めに、Googleで“Model-based management System dynamics”を検索して驚きました。私が2006年にJSD学会誌で発表した論文、“BSC戦略経営にモデル・ベースト経営手法を組み込む”が、230万件以上の引用ドキュメントのトップに表示されたのです。その下に並んでいるのは日本語以外のドキュメントばかりです。
その状態がしばらく続き、その後はSDSのガレン大会の案内への検索数が伸びて、順位を下げたのですが、
20111122日 に検索した段階では、下図に示すようにまだトップを維持していました。

日本の皆さんが検索しただけでは、トップには位置づけられないでしょうから、タイトルとサマリの英文が世界で検索されたのだと思います。と言うことは、JSD(システム・ダイナミックス学会日本支部)の論文集も、世界のSD関係者にそれなりに参照されているのだと、日本のSD関係者には実にうれしくなる話です。


補足
2006年の論文“BSC戦略経営にモデル・ベースト経営手法を組み込む”がトップに表示されています 。しかし、私は2003年にJSD学会誌で、論文モデル・ベースト経営を発表していますが、これは検索されていません。その理由は簡単で、2003年の論文には、英文のタイトルとサマリ を付けなかったからだと思います。

識者の中には、欧米ではModel-based Managementは一般的に良く聞く言葉だと話される方もあるのですが、良く使われているのはIT分野のようです。参考までに、System dynamicsをつけないでModel-based Managementだけで検索した場合のトップ画面を以下に示します。さすがに引用ドキュメント数は多く、1000万件以上です。トップはIT分野のドキュメントが並んでいます。

SD閑話-17 了