SD閑話-15 2011年9月15日    松本憲洋(POSY Corp.)
タイトル:
「 文系学生のSD講座−2 : 定性モデル編 」

目 次

1.概要
2.システムズ・シンキングの講義と出題した課題
 2.1 システムズ・シンキングの講義
 2.2 参考モデル:「電力会社の経営」
 2.3 定性モデリングの課題 −システム思考に基づく問題分析の演習−
3. 受講生の回答例
 3.1 第1グループ:「少子化と経済」
 3.2 第2グループ:「北海道の経済の活性化」
 3.3 第4グループ:「グローバル人材の育成」
4.定性モデリングのグループ演習を終えて


1.概要

前回のSD閑話−14:「文系学生のSD講座:総括編」では、フォレスター教授を起源とするシステムズ・アプローチの方法論として、システムズ・シンキングとシステム・ダイナミックスがあり、システムズ・シンキングでは定性モデルを用い、システム・ダイナミックスでは定量モデルを用いるとお話ししました。

経営分野においてシステムズ・シンキングを活用するのは、対象とする問題に関して現状認識やあるべき姿などに関する見解が、関係者間で多元的で確定していない場合です。このような問題の解決に当たっては、先ず、現状認識やあるべき姿などについて関係者間で合意形成をするところから始めねばなりません。そんな時に用いる方法論が、システムズ・シンキングで、具体的なツールとして、因果関係図(コーザル・ループ・ダイアグラム)と時系列挙動図(リファレンス・モード・ダイアグラム)があります。そして、これらのツールで表現されるモデルを定性モデルと呼びます。

定性モデルを描くということは端的に言うと、対象とする問題に関して関係者の頭の中、すなわちメンタル・モデル、を図式化して表記することです。図式化して表記する目的は、自分自身あるいは関係者がメンタル・モデルを客観的に眺めて問題点を分析し、問題解決の方向を探索することです。自分自身で眺める場合には表記法にそれほどこだわる必要がないかも知れませんが、関係者間で合意形成を目指した協議に用いるのであるなら、皆が理解できる粒度で、分かり易くモデルが描かれている必要があります。定性モデルは、その表記の粗密度を目的に合わせて選定できることが大きな特徴です。基本方針や基本計画を立てるにあたっては粗の粒度の定性モデルを用い、詳細計画や実行システムの作成に当たっては密な粒度の定性モデルを用いることになります。

経営問題では、問題の現状認識やあるべき姿などについて、関係者間で統一的な見解が得られていない状況も多く見受けられますので、定性モデルによる問題分析は重要なプロセスです。しかし、今回の講義ではシステム・ダイナミックスによる定量分析に重点を置いていましたので、定性モデルによるモデリングと分析については、2日目の前半に1時間弱その概要を学習するにとどめました。その後、4,5人のグループを8チーム編成して、それぞれのグループで後述の課題について問題分析の基本方針を30分間程度策定し、分析そのものは宿題として実施しました。課題の説明資料は前日に配布し、受講生は前もってその内容を予習しています。3日後に提出されたレポートについては講義の最終日の後半に、発表する時間を設けて、特徴のある3例を発表し討論しました。

システム・ダイナミックスは複雑な問題を解決するための方法論ですが、システムズ・シンキングも前述のように、確定していない現状認識や目指すべき姿を探求するための方法論です。したがって、システムズ・シンシンキングの学習を特定機関(企業など)向けのインハウス講習会で行なう場合には、その機関特有の問題を選定して、定性モデルを構築して問題を分析し、方向性を見出すこにしています。

しかし、学生に対する講義であるとか特定の機関に限定していないオープンな講習会では、参加者独自の、しかも共通の課題がありませんので、なるべく直近の新聞記事を課題として取上げることにしています。今回の講義は8月初旬でしたから、724日の日経新聞の記事を取上げました。

システムズ・シンキングの学習には、システム原型とよばれている因果関係図のテンプレートを学習する場合もあるようです。囲碁で言うと定石のようなものです。システム原型に限定した学習は、因果関係図の描き方に関する初期の学習には効果があるでしょうが、その定石の手順を覚えただけでは、“定石を覚えて2目弱くなり“になってしまします。したがって、システム原型の教材をあまり鵜呑みにしない方が良いと思っています。

さて、興味ある新聞記事を取上げて分析を始めるには、分析を進める自分の立場を明確にした上で、現状の定性モデル(AsIsモデル)を構築し、問題を解決するための手段をそのモデルに付加あるいは削除して、あるべき姿の定性モデル(ToBeモデル)を作るように勧めています。今回もこの方法を採りました。このような実践的モデリングを行い、さらにそれを使ったグループ討議を行なうことで、グループで実践的な分析力を修得することが大切だと考えています。

2.システムズ・シンキングの講義と出題した課題
2.1 システムズ・シンキングの講義
システムズ・シンキングに関する講義では、その概要とビジネス問題への適用方法に続いて、SDのソフトウェア・ツールであるPs Studio を使った因果関係図と時系列挙動図の描き方を学習します。この内容については、以前に公開している SD閑話−3:「定性的なシステムズ・アプローチ」を参照してください。URLは、
http://www.posy.co.jp/kanwa3-A602-f.htm
です。

次に、既存の定性モデルの例を使って因果関係図等の描き方を学習しました。その例で取上げている対象は、2000年代初頭に自由化圧力に揺れる電力会社の経営問題です。このモデルは2003年に、ある会社の中堅社員に対するSD研修で、システムズ・シンキングによる分析として、受講生とともに作り上げたものです。

ところで、読者の皆様は、現時点でもエネルギー政策に関して、もっと広い視点から、もっと長期にわたる展望の定性モデルによる分析が求められていると感じていませんか。

次項では、定性モデルの例として取り上げた「電力会社の経営」モデルについて説明します。

2.2 参考モデル:「電力会社の経営」
(1)2000年代初めの電力会社を取り巻く環境
バブル崩壊後の失われた10年間を経て、2000年代はじめには、多くの産業が停滞からの脱出を目指して、構造改革に取り組んでいた。しかし、第二次大戦が終了して5年後に実施された電気事業の再編成により、地域分けされて地域独占企業となった10電力会社には、資本主義経済の中での競争の概念はなく、電力会社は公共事業然として振舞っていた。
発送電を完全に抑えた地域独占会社は政府の保護の下で、電力料金は総括原価主義で決めることが容認された。その結果、電力料金は高止まりした状態で推移していた。この状況は、グローバル化が顕著になり始めていた産業界では、受け入れがたいものであった。地域独占10電力会社の安閑とした経営は、電力事業の自由化を求めた世論により、変革を受け入れざるを得ない状況に置かれていた。

東海電力も他の電力会社と同じように、大きな困難に直面していた。それは大口の法人顧客からの価格引下げ圧力や規制緩和トレンドである。グローバル市場の中で直接的・間接的に競争している大口の法人顧客は、電力会社に対して、世界標準レベルの品質と料金そして生産性で電力供給を行なうよう圧力をかけてきていた。
このような顧客からの要求の強まりによって、間接的ではあるが、電力会社も事実上はグローバル競争に巻き込まれてしまっているのだった。

世界市場で競争しているグローバル企業は、その競争力を維持するために、電気料金が一定のレベル以下になるように従来から経済産業省に働きかけていた。しかし、多くの企業は、「従来からの経産省の規制緩和策は、十分な価格低下をもたらさなかった」と指摘している。そのため、これらのグローバル企業は、消費者が発電所を自由に選べることができるオープン・アクセスを盛り込んだ電力自由化をめざして、電気事業法を全面改訂することを主張し、国会に法制化圧力をかけた。国内外の投資家や競争市場にある企業は、電力市場の規制緩和から得られる便益を認識しその圧力に加担した。

彼らが主張する法律改訂は、電力会社が保有する送電網を他社も利用することができるという、いわゆるオープン・アクセスを実現するためのもので、電力市場における競争を促すためのものだった。この電力市場の規制緩和の考え方によって、電力システムの運営目的や運営方法についての電力業界や規制当局の考え方は大きく変化した。国会では2003年に、電力会社間での競争を促進させる改正電気事業法が可決され、20044月から実施されることになった。

(2)定性モデルによる分析課題:「電力会社の経営」
東海電力株式会社の企画部スタッフとして、電力業界に押し寄せている自由化の圧力と業界の今後の変化について分析する。更に、地域独占電力会社の今後の姿を推測し、変革の方向付けを探索する。 

−−−−−−−−−−分析例−−−−−−−−−−
標題名 :「自由化圧力を受けている電力会社の今後の経営形態の推測」

§1.分析を始める私の立場
東海電力株式会社の企画部スタッフ

§2.想定する問題
      自由化圧力を受けている電力業界はどのように変革すべきか

§3.分析の目的と狙い
電力業界に押し寄せている自由化の圧力と業界の変化の関係を分析し、
地域独占電力会社の今後の姿を推測すること。

§4.構成する主要な要素とそれらの2要素間の関係
構成する主要な要素と、それらそれぞれの2要素間の関係は?

§5.バーバル(自然言語)モデル・・・A4で半〜1枚程度
電力価格が高いと電力の品質は高くなるが、産業製品のグローバルな競争力は低下し、その結果として産業が停滞し、電力消費量も落ちて、電力の生産性が低下し、それが電力価格の益々の上昇につながる。ただし、電力の品質が高いことがグローバル競争力を向上させ、上述の流れに沿って、逆に電力価格の低下を導くことにもなる。

電力の自由化圧力については、電力価格が高いと、電力自由化の圧力が高まり、電気事業法の大幅な改定に進み、電力自由化が行われる。

電力自由化が実施されると、発電事業者(IPP)や特定規模電気事業者(PPS)が増え、消費者の選択の自由度が増えると共に、競争も激化して、電力価格は低下する。

電力自由化が発送電分離によって、送電線網の自由化が進むと、日本の電力システムの効率化が図られ、競争は激化し、これによっても電力価格は低下する。

電力会社は自由化を受けて、経営努力を進め、電力価格の低下を指向する。

以上の4つのバランシング・ループと一つのレインフォーシング・ループの効果が重なり合って、電力価格と自由化の動きは進展することになる。

§6.因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築
  因果関係図(CLD
   
  時系列挙動図
  

2.3 定性モデリングの課題  --システム思考に基づく問題分析の演習--
   
受講生に配布した課題に関する説明資料を以下に示します。

(1)概要

システムズ・アプローチには、システム思考(Systems Thinking)と、システム・ダイナミックスがあります。前者では定性的モデルを用い、後者では定量的モデルを用います。この演習は、前者のシステム思考に関するもので、システム思考の考え方に基づき、取り扱う対象全体の構造を把握し、その定性的な挙動を推測します。

詳しくは講義の最初に説明しますが、システムズ・アプローチの基本的な考え方を簡単にお話しておきます。我々は問題を分析して解決策を見出すために、従来からのやり方として対象を体系だって分解して、対象となる構成要素の内容を明らかにする方法をとってきました。これが一般に、“要素還元法”と言われるやり方で、科学的方法であると考えられていました。ロジカル・シンキングや具体的な表記法であるツリー構造表現などはこれにあたります。

しかし、人間の体を考えてみても分かるように、臓器それぞれはそれなりの機能を持っていますが、それを知っただけでは人間の個体としての機能を推し量ることはできません。すなわち、臓器単独の機能だけではなくて、臓器間の関係性まで把握しておかないと、人体の機能は推し量れないのです。システムズ・アプローチは、対象を構成要素に分解するだけでなく、分解した構成要素間の関係性も把握するやり方です。したがって、システムズ・アプローチにおけるモデルを定義するには、捨象と抽象により、対象を分解して主要な構成要素の存在を把握するだけに止まらず、それぞれの関係性も把握します。そして、主要な構成要素と関係性だけで再構成したシステムのことをモデルと定義しています。

システムズ・アプローチには、目的と達成すべき課題が明確になっている対象に対するハードシステム・アプローチと、目的も達成すべき課題も複数の関係者がそれぞれに持っていて、明確に一つにまとまっていない対象に対するソフトシステム・アプローチとがあります。今回のコースで主に学習するのは前者です。狭義のシステム・ダイナミックスです。後者に対処するには、ソフトシステム・アプローチに分類されるシステム思考(システムズ・シンキング)を使います。
さて、システム思考のツールには、因果関係を表現するCausal Loop Diagram(CLD:因果関係図)と、主要要素の挙動を表現する時系列挙動図(Reference Mode)とがあります。この二つの表記法で表現されたモデルを定性モデルと呼びます。
添付した記事と、それに関連する各自のメンタルモデルとを合わせて、現在の状況を分析し、問題点を明確に表現してください。さらに展開できる場合には、その問題に対処するシナリオを、定性モデルを使って提言してください。

上記の分析を行なうにあたって、以下の項目を明らかにしてください。
@分析を始める貴方の立場は?・・・自分で設定します
A記事を読んで最初に想定した問題とは?
B貴方の分析の目的・狙いは?・・・自分で設定します
C構成する主要な要素と、それらそれぞれの2要素間の関係は?

D因果関係図と時系列挙動図により定性モデルを構築します。
E結局、どんな目的に対して、どのように定義された問題であるかをDで作成した
  定性モデルを用いて説明します。

(2)課題

テーマ : 「働き手」 人口の5割切る

モノ造りを中心にした産業界は、“五重苦”に喘いでいると言われて久しかったのだが、今回の電力不足が加わり、“五重苦”が “六重苦”となり一つ増えた。円高、貿易の自由化、法人税、労働規制、温暖化ガス規制、電力不足である。さらに、日経新聞の記事は、少子高齢化を背景にして、労働力不足が深刻な苦痛となって加わってきていると、警鐘を鳴らしている。総人口の減少と共に、労働力人口の総人口に対する割合の減少も様々な分野に深刻な影響をもたらそうとしている。例えば、労働人口の減少は、国内製造業において労働力不足につながり、生産拠点を海外に移す傾向に拍車をかけることになる。また、相対的な労働力人口の割合の減少は、社会保障に対する財源不足をもたらすことにもなる。ただ、現在のように企業の雇用意欲が減退している時期には、この労働力不足は顕著に現れていないようにも見えるが、この一時的な傾向は日本産業の弱体化の進行を隠蔽しているに過ぎない。

さて、日経新聞の記事をきっかけとして、労働人口の減少が関係する重要と思う問題を取上げてください。
上記の記事と、自分で探した関連する情報とを熟読し、さらに貴方のメンタルモデルを総動員して、分析を開始します。

先ず、関連する要素をリストアップして、それら要素間の関係性を定義します。現状の認識を明確にするために、現状を説明する日本語によるバーバル・モデルを記述します。次に、その曖昧さを除去するために、因果関係図と時系列挙動図(主要要素に対して)とを描いて、定性モデルを完成させてください。さらに可能なら、因果関係図と時系列挙動図とを使って、取上げた問題を解決するための方法を提案して、問題解決のシナリオを記述してください。
次に、レポートの提出フォームを示します。

(3)課題の提出フォーム
   受講生は、下方のフォームで、3日後に課題を提出した。
  ――――――――――――――――――――――――――――――――
  グループ活動報告フォーム

送付先:business-dynamics-owner@yahoogroups.jp
                                          
提出期限:810日(水)13

整理番号

 

 

 

 

氏名

 

 

 

 

提 出 日 :
提出代表者:

表 題    :                        
@分析を始める私の立場
A想定する問題
B分析の目的と狙い
C構成する主要な要素とそれらの2要素間の関係・・・20要素程度
Dバーバル(自然言語)モデル・・・A4で半〜1枚程度
E因果関係図と時系列挙動図による定性モデル
F取り上げた問題を解決するための方法(定性モデルを使って説明)
G提案した方法による問題解決のシナリオ
――――――――――――――――――――――――――――――――― 

(4)添付記事
   日経新聞 2011724日 “「働き手」 人口の5割切る” :本資料に添付
   

3.受講生の回答例

15コマを6回に分けた講義の2回目の講義でこの課題を出題したので、今回初めてシステム・ダイナミックスに触れた受講生には、少々課題が重すぎたようです。したがって、因果関係図の表現方法が十分でないだけでなく、定性モデルを描く目的などの本質に関わる内容の理解が十分でない回答もありました。

8グループのレポートの標題は以下の通りです。
  *第1グループ:少子化と経済
  *第2グループ:北海道の経済の活性化
    第3グループ:「働き手」人口の5割切る
  *第4グループ:グローバル人材の育成
    第5グループ:労働力人口の減少について
    第6グループ:労働力人口の減少について
    第7グループ:労働力人口の減少が日本人人口に与える影響
    第8グループ:標題なし

8グループの回答の中で、よくできているものというよりも、着眼点に特徴のある、頭に*印付きの3点のレポートをこの後に掲載します。
当初は、明らかな間違いを正して掲載することも考えたのですが、ビギナーの勘違いし易い部分を読者の皆様がご覧になるのも役立つだろうと思い、受講者名意外は、提出されたまま掲載します。

各レポートの最後に、私の短い感想を記し、レポートの中の看過できない間違いのみを指摘しておきます。

3.1    第1グループ:「少子化と経済」

(1)提出レポート
@分析を始める私の立場
  →政治家
A想定する問題
  →経済の低迷
B分析の目的と狙い
  →経済の低迷を解消するために少子化対策を行うことの必要性を明確にする。
C構成する主要な要素とそれらの2要素間の関係・・・20要素程度
  女性の社会進出結婚率 結婚率出生率 出生率少子化 少子化若年世代の人口
  若年世代の人口労働力 労働力企業の海外進出 企業の海外進出雇用意欲
  雇用意欲国内の求人倍率 国内の求人倍率失業率 失業率所得 所得景気
  景気国内消費 国内消費経済成長力 
経済成長力国内総生産 国内総生産納税
  納税少子化対策費用
Dバーバル(自然言語)モデル・・・A4で半〜1枚程度
現在、少子化が進むことで若年世代の人口が減少しており、それによる労働力の不足が問題となっている。
少子化の原因として女性の社会進出が増加することによる結婚率の低下からくる出生率の減少が挙げられる。また出生率を下げる要因としては所得の減少や税収の減少に伴う少子化対策費用の削減等も関係すると思われる。
少子化の進行は経済に様々な悪影響を与えている。
少子化による若年世代の人口の減少により、労働力は減少している。
労働力の減少は、国内総生産の減少と企業の海外移転の増加に影響を与える。
国内総生産の減少は経済成長を鈍化させ、国内景気の悪化に影響する。
また企業の海外移転が進むことで国内の失業率が上がり、個人の所得が減ることで少子化が進み、結果国内の景気低迷をさらに推し進めるという負のループが出来上がっている。
景気が低迷すると所得が下がるため、出生率はさらに低下する。
個人の所得が減少すると国の税収が減少するため少子化対策費用が縮小し、やはり少子化が進んでしまう。
更に、景気低迷による企業の雇用意欲の減衰が所得に与える影響も踏まえ、これらについて因果関係図及び時系列挙動図を作成し、少子化が国内経済に与える悪影響を明確にした上で、問題解決の手段及びシナリオについて考えることとする。

E因果関係図と時系列挙動図による定性モデル
   

    

F取り上げた問題を解決するための方法(定性モデルを使って説明)
    

G提案した方法による問題解決のシナリオ
国が企業へ女性を雇用しやすくするための制度を充実させる。また、女性に対しても産休や、手当金の制度を充実させることで、女性の社会進出を促す。また、制度が充実していることで出生率も高まる。そして女性の社会進出によって、現在の労働力人口の減少を補う。出生率が高まることで将来の労働力人口の減少も補うことができる。
そうして労働力人口が増え、安定することで国内消費や国内総生産が増えていくため、国内の景気が良くなる。

(2)講師のコメント
初めてモデルに取り組む人は、往々にしてあれもこれも取り込みがちですが、このレポートは「少子化」さらに「女性の社会進出」に視点を絞っているため、モデルのまとまりが良いようです。
バーバル・モデルまでは大きな間違いはないのですが、因果関係図に描かれている2つのバランシング・ループは、レインフォーシング・ループの間違いです。
さらに2つのレインフォーシング・ループが存在します。1つは、少子化対策費用周りであり、もう1つは、少子化から総人口にセイム・ディレクションの因果を引いてできる、国内消費に関するループです。
また、労働力が減ると女性が社会進出する因果が結ばれていますが、逆に、女性が社会進出すると労働力が増える因果も存在し、ここで初めてバランシング・ループが形成されます。
しかし、このモデルはブレーキの壊れた自転車のようなモデルで、坂道を転がり始めると止まる術がなさそうです。
なお、地震による特需が右下に描かれていますが、このレポートの視点からは余計物です。
さて、問題解決の提案では、「産休などの保障」が追加されています。これから2本のセイム・ディレクションの因果が出ていますが、女性の社会進出へのリンクは無視して、結婚率へのリンクを引くべきではないでしょうか。また、一般にはこれは税収が増えると増額されるのでしょうから、ここの周りでまたもやレインフォーシング・ループが形成されます。
この対策だけでは、十分とは思えないですね。
現在の減少に向かうレインフォーシングのループを増加に向かわせるためのインパクト要因と、それが後に適切な量に落ち着くようにするためのバランシング・ループ要因が必要と思われます。
初めて定性モデルに取り組んで、グループ作業がこの程度できれば、このグループのメンバーは、今後、定性モデリングを問題解決のために活用できそうです。

3.2 第2グループ:「北海道の経済の活性化」
(1)提出レポート
@分析を始める私の立場
  北海道知事
A想定する問題
  
・国内製造業の海外移転
  
・国内生産量の低下
  
・社会保障の財源不足
  
・少子化の加速
  
・失業率の増加
  
・雇用の減少
  
・税収の減少
  
・医療費などの高騰
B分析の目的と狙い
  北海道経済の活性
C構成する主要な要素とそれらの2要素間の関係・・・20要素程度
  ・製造業の海外移転           ・税収
  ・生産量                  ・道の財源
  ・少子高齢化                                 ・若年失業者
  ・有効求人倍率                               ・労働力
  ・北海道人口                                 ・若年世代の人口
  ・高齢世代の人口                            ・出生率
  ・労働力人口の総人口に対する割合   ・潜在成長率
  ・死亡率                   ・電力
  ・所得                                     ・道内の職場
  ・道内労働力人口             ・道内失業率
  ・産業の弱体化              ・生産効率

Dバーバル(自然言語)モデル・・・A4で半〜1枚程度
現在、出生率の低下とそれにともなう少子高齢化背景に、労働力の減少が加速している。国内の労働力が減少すれば、道内の労働人口も減る。
そして、景気の不安定により道内の職場数の減少や道内企業の雇用の減少によって、失業率の増加と若年世代の就業率の低下がみられる。
若年世代の労働人口の減少は国内の労働力不足につながり、生産率を減少させ、企業が海外へ拠点を移しそれが国内産業を弱体化させる。
また、国内企業の海外進出は有効求人倍率の低下にもつながる。
そして労働力の減少は機械化へとつながり、生産効率を低下させ、電力の消費やさらに雇用数の減少を加速させる。
また、労働人口の減少は税収を下げ、社会保障の財源が減少する。それによって社会保障が十分に受けられない人が現れ、また少子高齢化につながる。

E因果関係図と時系列挙動図による定性モデル
<因果関係図>

<時系列挙動図>
   

F取り上げた問題を解決するための方法 (定性モデルを使って説明)
因果関係図で示したように、労働力人口を増加すると、道内の生産量や所得が増加し、税収が増え、道の予算が増える。労働力人口を増加させるには、出生数や若年人口を増加させるなどして、道内の人口を増やす必要がある。また、労働力人口を増加させても、働く場がなければ失業率が増加するだけなので、道内の職場も増やす。これらを実現させるために北海道に道外企業の工場やオフィスを誘致し北海道の経済の活性化を図る。

G提案した方法による問題解決のシナリオ
北海道の原子力発電所などを廃止せず、道内の電力に余裕を持たせ、原子力発電所もしくはその他エネルギー電力を増やし、法人向けの電気料金を安くする。
そして本州の都市部で電力不足に悩む企業の工場や支社、子会社、本社を北海道に誘致し、北海道の人口を増やすとともに道内の職場の数も増やす。これにより、道内の雇用を増やし、若年世代の失業者を減少させる。そうして税収を増やし、社会保障等の財源に充て、少子高齢化対策にも役立てる。
そうすれば、北海道は産業、人口、雇用などにおいて豊かになり、経済の活性に繋がる。

(2)講師のコメント
このレポートは、地域を限定した視点で取り組んでいるユニークさゆえに掲載しました。このような地域に根ざした視点は、経済特区構想に繋がる話で、特に、沖縄とか北海道ではあり得る視点だと思いました。
ただし、定性モデルの構築技術のレベルは低く、初心者に良くあることなのですが、因果関係図にループが全くありません。全てオープン・ループになっています。ループの存在しない実際の世の中を考えてみると、今自分達が実行した行動の結果が、次の時点の行動に繋がらないわけですから、世の中を動かすためにたえず、新しい行動が求められます。例えば、投資した見返りが、次の投資源にならないとするなら、次期の活動のためには投資源を再びどこかから準備する必要があると言うような話です。
また、ループに関して初心者によくある間違いとして、矢先と矢先があるノードでぶつかって繋がっている場合もクローズド・ループと勘違いすることが多いようです。
このバーバル・モデルと因果関係図とを対比させると、間違いが沢山存在するのですが、ここでそれを書くと複雑怪奇な文章になりそうなので、間違いは指摘しないことにします。
この因果関係図を見ると、人口セクタ、産業・財務セクタ、労働セクタの3つに分けて描かれています。このように、セクタ分けして因果関係図を描くことは、分かり易い表現だと思います。
さて、このレポートの視点は、地域に限定しているところがユニークで良いと最初に申しましたが、築かれたモデルの中では、北海道と全日本とが混在しています。北海道知事の立場に拘泥して、北海道にのみ視点を当てて、特区構想を打ち上げて欲しかったと思いました。

3.3 第4グループ:「グローバル人材の育成」

(1)提出レポート
@析を始める私の立場
  政府
A想定する問題
  国力低下
B分析の目的と狙い          
  国力アップ
C構成する主要な要素とそれらの2要素間の関係・・・20要素程度
  

Dバーバル(自然言語)モデル・・・A4で半〜1枚程度
少子高齢化が進むことによって日本の労働力人口が減りつつ、技術の継承者も減少してきている。労働環境の変化に対応するために企業は豊富な労働力を求め、海外に進出せざるを得なくなる。そうなると日本国内産業の空洞化の問題が浮上し、深刻な状態に陥かねないと思う。その結果、国内での働く職場がすくなくなり、低賃金でも働こうとする人が現れるようになると思う。将来、一人当たりの給料が上がらなくなるか、あるいは下がるのではないかと考えられる。
また、給料が下がると節約しようとする傾向が現れ、社会全体の消費率が落ち込みやすくなり、その結果企業の利益減少に繋がりかねないと考えられる。製品が売れなくなると企業はリストラを行うか、再投資を控えるようになる。したがって、日本のGDP成長も滞り、設備投資などを行わないと日本企業の国際競争力も失い、既存の市場まで奪われてしまうと思う。
国内の職場や給料の減少などの社会問題は人々の生活に悪影響を与えると思う。たとえば、出産を控えるようになり、その影響で日本の少子化に拍車をかけ、政府としては国民の社会保障を充実させなくてはならないと思う。社会保障を充実するための財源も必要となってくる。しかし、財源を確保するための諸政策は日本企業の海外移転という結果に繋がりかねないと考えられる。その結果、日本国内産業の空洞化が進み、海外に日本技術の流失、グローバル化に対応できる人材や国内の働き手が不足という深刻な問題が浮き彫りになると思う。
国力を強化するには日本企業の海外移転を防ぎ、また海外に移転した日本企業をサポートするためにはグローバル人材への育成が重要だと思う。

E因果関係図と時系列挙動図による定性モデル
   
   

F取り上げた問題を解決するための方法(定性モデルを使って説明)
グローバル化における、多くの企業は廉価労働力を求めるための企業海外進出と企業の国際競争優位に立つための企業海外進出があると思っております。
日本の場合は、少子高齢化の深刻化により、労働力の不足が一因でもありが、グローバル人材の不足も原因であると思います。
私たちのグループでは、おもに、グローバル人材の育成に力を入れ、国力の増強を求めております。グローバル人材は国の無形的な財産として、企業の国際競争力の強化に力であります。グローバルに対応できる人材のあるため、海外に進出した日本企業が市場拡大をはかることができます。市場拡大によって得られる資本を日本国内の産業に投資し、産業の復興を促します。したがって働く場の増加によって働き手の需要を高めます。
 

G提案した方法による問題解決のシナリオ
    

(2)講師のコメント
このグループには留学生が含まれており、そのせいもあってグローバル人材の育成というテーマが採用されたのかも知れません。取上げた視点は大変ユニークなので素晴らしいと思うのですが、モデルとはかけ離れたところでテーマが決まり、無理やり結び付けようとしているように感じられます。
グローバル化の中で、企業にとって国境のバリアーがなくなっているように、ビジネス・パーソンにとっても国境のバリアーがなくなりつつあります。日本のグローバル企業と呼ばれている企業では、新人採用枠が日本人に限定されていないところが随分増えてきました。また、企業の中でも日本人の新入社員を海外に派遣して、何らかの形でグローバル人材の育成に取り掛かっているところも増えています。
ただし、これらの外国人の採用や新人のグローバル化教育は、日本企業の海外展開を強化するために行なっているのが第一の目的で、海外移転を防ぐことが目的ではありません。
このあたりの基本的な考え方が曖昧ですから、因果関係図の中で、このテーマで肝心なグローバル人材が意味のないところについでのように描かれています。どうも思い込みが強くて、結論ありきで、冷静な分析になっていないように思われます。したがって、時系列挙動図のパターンは、因果関係図と結び付けて理解できないような表現が多くあるようです。
問題解決では、グローバル人材の育成の具体策も、グローバル人材がどのように国力アップに繋がるのかも良く分からない内容になっています。
問題を含む現状を因果関係図と時系列挙動図とで表現して、その上で問題解決を図る方法を探索するという基本的な狙いに立ち返って分析する必要がありそうです。

4.定性モデリングのグループ演習を終えて
一言で言うと、学部生だけで定性モデルのグループ演習を行なうには、上に掲載した提出されたレポートを前にして講師とそのグループ・メンバーが、内容を討論する機会を設ける必要があります。レポート当たり、30分から1時間の検討時間は必要だと思います。今回、討論の時間を準備できなかったことは、受講生には気の毒なことをしました。
ただ、その時間をとるとなると8グループだけでも、5,6時間は必要な訳ですから大変なことではあります。大学院生やビジネス・パーソンの場合には、グループ・メンバーの討論だけで十分だと思います。
因果関係図や時系列挙動図は、人のメンタル・モデルを視覚化するためのツールです。初心者は今回のようにグループ活動で定性モデルを構築し、各人のメンタル・モデルを披露し合うことで、方法論としての定性モデルを理解することができます。これが最善に最も近い方法だと思っています。

【附録 フリーのSDツールの入手】
商用版のPs Studio をお持ちでない方で、前述の図のように因果関係図を描いてみたいとお考えの方は、下記の方法に沿ってフリーのPs Studio 8 Expressをダウンロードしてお使い下さい。

評価版Ps Studio Expressのダウンロード方法
Powersim社の評価版です。SDに関して初心者の方が、SDの実用化の可能性を探るために、SDの概要を学習した上で、Studio8を評価したい場合などにお使い下さい。

ダウンロードの方法
  @ http://www.posy.co.jp/PS-download-f.htm を開く。
  A 上端の“評価版のダウンロード”をクリック。
  B ■評価版:Studio Express のダウンロードにある空色のボックスをクリックすると、
   Powersim
社のダウンロードのページに入りますから指示に沿って進んでください。

Studio 8 Expressの機能
  ▼再インストール:繰り返し可能
  ▼機能:商品版と全く同一機能(具体的には、その時点での最新のProfessional版と同じ)
  ▼要素数:50以下
  ▼有効期間:Powersim社がメールでプロダクト・キィを送付した後60日間
 

SD閑話−15 了