SD閑話-14 2011年9月15日    松本憲洋(POSY Corp.)
タイトル:
「 文系学生のSD講座−1 : 総括編 」

目 次


1.概要
2.講義の構成
 2.1 システムズ・シンキングとシステム・ダイナミックス
 2.2 システム・ダイナミックスにおけるモデリングの学習教材
 2.3 具体的な教科書の概要
 2.4 集中講義のスケジュール
3.講義に対する受講生の反応
 3.1 講義終了時のアンケート
 3.2 内容の理解度に関する受講生の自己評価
 3.3 講師と講義内容に対する受講生の評価
4. 受講生の評価とコメントを考慮した講義内容の改訂の検討

1.概要

実用的な観点からしてシステム・ダイナミックスは、“社会における複雑な問題を解決するための方法論”の一つであると考えられています。社会システムの神経系としてのディジタル情報通信システムが地球を被って定着し、いかに遠隔地であろうとも短時間の内に相互影響が顕在化します。したがって、現在の社会では、過去の経験だけを思考の基盤に置いていたのでは、社会の変化に適応するのが困難になってきたと多くの人々が感じています。それだけ社会も、そこで発生する問題も、複雑になってきているのだと思います。
システム・ダイナミックスは、変化する社会における問題をモデルで表現し、その対象とした実社会をコンピュータ上に再現して、その上で問題解決の方向を見出す方法論です。研究においても実社会での応用においてもその適用可能性は大きいのですから、欧米におけるのと同様に日本でも多くの大学でカリキュラムの一部として取り入れて欲しいと願ってきました。理系における制御理論に対比するものが、文系においてはシステム・ダイナミックスだと思うからです。
SD閑話−1でも触れましたが、システム・ダイナミックス学会日本支部の発表会での講演者や弊社のオリエンテーションへの参加者は、文系出身者よりも理系出身者がはるかに多い状況です。筆者はこれについて、文系出身者の多くは、高校時代に受験に不要だからと数学をまともに学ばないために、数学の力と言うよりももっと根本的な論理的な考え方が身についていないからではないかと、暴論ともとれる推論を述べたことがあります。
これについては数人の大学教授からも、経済や経営でシステム・ダイナミックスを教えようとしても、モノが溜まるとか、溜まったモノが排出するとかの論理を説明する簡単な数式を理解できない学生がいると嘆く声を何度か耳にしていましたので、まんざら暴論でもあるまいとも思っていました。そんな訳で、現在の教育制度が続く限り、日本では文系学部でシステム・ダイナミックスを教育に取り入れることには無理があるのではなかろうかとの諦めの気持ちが年々強くなってきていました。
しかし、今夏にそれを杞憂として払拭する出来事がありました。それは、文系の学部生にSDを教える機会があり、十分に準備して講義に当たった結果、予想を超えた反応を得ることができたのです。文系学部でシステム・ダイナミックスを教育に取り入れることが可能であるとの感触を掴むことができました。この慶びの気持ちを含めて講義の顛末をお話ししたいと思います。
システム・ダイナミックスを大学教育や社員教育に取り入れることに躊躇しておられる大学や企業の関係者の皆様の参考になることを願っています。
20118月に、O大学のI教授から集中講義を依頼していただきました。チャネル・マネジメントの4単位の前半の2単位分を6日間、15コマで講義するという内容です。
大学には研究を主目的にした大学と教育を主目的にした大学とがありますが、O大学は後者の、教育を主目的とした大学です。そこで、将来社会に出た学生がシステム・ダイナミクスを活用するきっかけになることを目指して、主にシステム・ダイナミックスの活用方法を理解する講義内容とすることにしました。講義の最終目標は、チャネル・マネジメントなどのビジネスの動特性の分析に、システム・ダイナミックスの活用が不可欠であることを理解させた後、卒業研究などの機会にシステム・ダイナミックスを活用しょうとする意欲を感じさせることです。
システム・ダイナミックスのように演習を伴う講義では、受講生の人数によって、用いる教材の種類を変える必要があります。今回の受講生は31名(他に聴講生2名)、TAは1名(大学院生)です。その中には、既にシステム・ダイナミックスのソフトウェア・ツールを導入しているゼミの学生も受講するとのことでした。学年は、3年生と4年生とがおよそ半々です。
教室はLL教室で、横並びした受講生用の2台のPCの間にモニター画面があり、講師用の2台のPCのいずれかの情報をそのモニターに表示できます。講師用の1台のPCには教科書のパワーポイントの原稿を表示し、もう1台には教材モデルを表示します。
下方の左側の写真は教室の後方から前方を眺めた様子です。
また、講師の背面のスクリーンにも、講師用の2台のPCのいずれかの情報を表示できます。モデリングの指導では細かな表示が必要ですから、受講生が10人を超えると、教室前方のスクリーンへの教材の投影だけでは、説明を表示する方法として十分とは言えません。
下方の右側の写真は教卓のコンソールです。


さて、これから3回に分けてお話ししたいと思います。
SD閑話−14では講義の構成と学生の反応について、SD閑話−15では2日目にグループ活動の課題としたシステムズ・シンキング(定性モデル)による課題分析について、SD閑話−16では5日目に個人単位のレポート課題として出題した定量モデルを使ったブルウィップ効果の抑制策の提案についてお話しします。

2.    講義の構成

2.1 システムズ・シンキングとシステム・ダイナミックス
フォレスター教授を起源とするシステムズ・アプローチでは、その方法論として、システムズ・シンキングとシステム・ダイナミックスがあります。対象とする問題に関して現状認識やあるべき姿などが、共に多元的で確定していないことがあります。このような問題の解決に当たっては、先ず、現状認識やあるべき姿などについて関係者間で合意形成をするところから始めねばなりません。
そんな時に用いる方法論が、システムズ・シンキングで、具体的なツールとして、因果関係図(コーザル・ループ・ダイアグラム)と時系列挙動図(リファレンス・モード・ダイアグラム)があります。これらのツールで表現されるモデルを定性モデルと呼びます。このような分析を目的とする場合には、前述の定性モデルだけでなく、下方の図に示す定量モデルの一適用形態である傾向分析用モデルも重要な役割を果たすことになります。
一方、対象とする問題の現状認識やあるべき姿などが関係者間で一意的に確定している場合には、システム・ダイナミックスを適用して、対象のモデルを数学的に表現します。この場合には、数式で表現されたモデルを使って操作変数を最適化したり、条件変数の確率変動に対して目的変数のリスク評価を求めることが可能になります。このような数式で表現されるまで具体化されたモデルを定量モデルと呼びます。
上述のフォレスター教授を起源とするシステムズ・アプローチで用いるモデルの分類を下図に示します。


経営問題では、問題の現状認識やあるべき姿などが多元的で確定していない状況も多くみられますので定性モデルによる問題分析も大変重要です。しかし、今回の講義では上の図の定量モデルに基づく傾向分析用モデルと数値分析用モデルに関するモデリングとそのモデルを使った分析とに重点を置きました。
定性モデルのモデリングと分析については、2日目の前半に取り上げ概要を学習した後、4,5人のグループ活動の課題として出題しました。問題分析の基本方針は講義時間内に策定し、分析そのものは宿題として時間外に各グループ単位で活動してまとめました。講義の最終日の後半に、提出されたレポートを発表する時間を設けました。次回のSD閑話−15でこの定性モデルの課題について取り上げます。

2.2 システム・ダイナミックスにおけるモデリングの学習教材
演習を伴うモデリングの学習では、受講生の人数によって適切な方法を選択する必要があります。ただし、学習過程で最も重要なことは、受講生全員が各自のモデリングに取り組み、演習の途中で操作を諦めて受講を投げ出す落ちこぼれをださないことです。このことは受講者の人数には関係なく重要です。
教材も受講生の人数に応じて適切に準備する必要があります。10人以下の少人数では、講師が全受講生の学習状況を個別に確認しながら講義を進めることができますから、今回程度の講義時間を確保できるなら、各自で小さなモデルを構築するレベルまで到達できます。しかし、受講生の人数が30人から40人程度に増えると、講師が個々の受講生の進捗状況を確認しながら講義を進めることはできません。TAを導入したにしても、各自で小さなモデルを構築するレベルまでに到達するのは難しいと思われます。この人数の受講生にシステム・ダイナミックスに興味を持ち続けて、モデリングの方法論を理解させるには、順を追ってモデリングを理解させる工夫が必要です。ですから、モデル教材の準備にも一歩一歩理解を進めるための配慮が求められます。
さらに、受講生の人数が50人を超えますと、受講生にとって全く新しい方法論を、全員そろっての演習形式で学習することには無理があるように思います。講師が方法論を適用例とともに一方的に講義し、その後にできる学生はそれぞれ個別に講義内容を確かめる程度にならざるを得ないでしょう。結局、このような大人数の場合には、講義において方法論の活用方法を実学として学ぶのではなく、方法論を知識として学習するレベルに止めることになります。
今回は、31名の受講生でしたから、前述の受講生が30人から40人の場合の考え方に沿って受講生が順を追ってモデリングを理解できる方法を採りました。この方法では欠席すると、途中のプロセスが理解できなくなるので、その後の講義についていけない場合が出てきます。しかし今回の出席率はと言うと、私が学生の頃に比べると恐るべき(素晴らしい)状態で、欠席者がいたとしても1,2名でしたから、全く問題になりませんでした。現代の学生の真面目さに驚かされました。
準備したモデルの概要とそれぞれのモデルの学習目的について以下で説明します。なお、学習するモデルは全て受講生がサーバーからダウンロードして稼働できるようにしていますから、受講生はモデルを開いて各変数(シンボル)の方程式などの属性を見ることができます。

(1)東京ディズニーランド(TDL)の2000年問題
第1回目にSDとは何かの説明をしないままに取り上げました。SDモデルの概念とビジネスにおけるその活用方法を実体験させるためです。具体的には、出来上がったTDLのモデルに最適化機能を使った同定を適用して、TDLの入場者の分析と2000年以降の経営戦略の検討をしました。
この部分の学習目的を一言で述べるなら、落語で言うと“枕”であり、受講生に対する“掴み”です。

   

(2)複利計算モデルの構築
第2回目のSDツールに関するリテラシに続いてSDツールのモデルの構造や時系列グラフの機能の説明をします。その後、それらを確認するために、誰でもが知っている複利計算のモデルを講師の説明に従って作成し、学習したSDツールの機能の使用方法についてその概要を確認しました。
 

(3)モデルの基本構造:クローズド・ループ・モデル
クローズド・ループはシステムが自動的に回転するために大変重要な要素ですから、SDモデルにおいても重要な要素モデルです。附録として
ではありますが、クローズド・ループの基本構造として4種類を取り上げました。できれば、第2回目の最後に学習したかったのですが、この時点で全員がそろって学習することには無理があるように思われましたので時間内での学習は取り止めました。

(4)縮小均衡から脱却したいカフェ
商店の問題解決のためのモデルです。今回の講義では問題解決のためのモデルとして2本準備しました。一つがこの縮小均衡から脱却したいカフェで、もう一つがこの後で説明するBSCによる経営改革:ラ・ブランジュリ・モリムラです。どちらもAsIsモデルを先ず構築し、それを使って問題を分析して解決策を導き、その結果をToBeモデルを構築して検証する流れとしました。AsIsモデルからToBeモデルへの流れにこだわったのは、ビジネス問題においてSDを適用するのは、直面する問題を分析してその解決策を導くことが目的であることを受講生に周知徹底するためです。
ここでは、気の弱いカフェのオーナーが縮小均衡に陥っていることを分析して理解し、それを解決するために粗利を最大にする条件で仕入れ量を決めて問題を解決する流れとなっています。
モデリングの学習としては、モデルの構造を組み立てることを学習します。具体的には、完成したAsIsモデルを、ジグソー・パズルをばらすように下図に示すようにシンボルをバラバラにして受講生に渡します。受講生はモデルの構造を考えながら、ジグソー・パズルを組み立てる要領でモデルの構造を組み立てます。

   

(5)BSCによる経営改革:ラ・ブランジュリ・モリムラ
大学からの要請がありバランスト・スコアカード(BSC)の学習を組み込みました。その中でパン屋の経営改革をベースにして具体的なBSC経営改革を取り上げました。モデリング学習としては前の縮小均衡から脱却したいカフェでモデルの構造の構築を学習していますので、ここではモデルの構造とそれぞれの変数の属性の定義を学習します。
ただし、パン屋のモデルは6つのセクタからなるビギナには少し大きすぎるモデルなので、今回は6つのセクタの中で中心的なセクタである製造・販売セクタを演習の課題としました。その完成したモデルが、下方の上の図です。
全体のモデルは、新装開店後1年も経たぬ間に、売り上げと利益の低下に悩むAsIsモデルと、BSCのプロセスに沿って経営改革を進めたToBeモデルです。ToBeモデルの主要部分が下方の下の図です。

   

(6)サプライ・チェーンの発注モデル
製品消費者まで届けるための流通経路であるチャネル上で、製品原材料生産されてから最終消費者に届くまでのプロセスであるサプライ・チェーンの動特性について学習します。具体的には、サプライ・チェーンの主要要素である発注方式について、定量発注方式と定期発注方式のモデルを準備しました。受講生はモデルを手動と自動で動かして、両発注方式の発注ロジックを確認し学習するとともに、発注と納品および在庫の動的な関係を体験的に学習します。
このモデルは、モデリングの学習には含めておらず、純粋にサプライ・チェーンの動特性の学習に使います。

(7)システム・ダイナミックスにおける遅れのモデル
ビジネスにおいて遅れは様々な問題を引き起こしています。例えば、サプライ・チェーンにおいても、過剰在庫や品切れの原因は遅れにあります。したがって、SDモデルにおいても遅れを理解してモデルへ組み込むことは、実世界をモデル化する上で大変重要です。SDに関する機能の中で一番重要なものが遅れと考えていますので、遅れについて体験するためのモデルを準備しました。
このモデルも発注モデルと同様に、モデリングの学習には含めていません。

今回の講義で順を追って行ったモデリングの学習を要約すると次の通りです。

SDモデルとその活用法の把握(前出の1) 
⇒ SDツールの全容の確認(前出の2) 
⇒ SDモデルの構造の構築法(前出の4) 
⇒ SDモデルを構成する変数の方程式の記述法(前出の5)

なお、受講生がモデルを開いて変数の属性などを学習することができるように、今回の講義で使用したモデルは全て開示しています。

2.3 具体的な教科書の概要

タイトル :チャンネル・マネジメント(前半)
― ビジネス・ダイナミクス ―

§1.はじめに・・・23ページ
  1.1 自己紹介、使用するSDツールの紹介
  1.2 講義の構成と成績評価法
講義内容の説明の中で、チャネル・マネジメントとビジネス・ダイナミックスとの関係を述べています。

§2.ビジネス・シミュレーション・・・5ページ
ビジネス・シミュレーションとは、PC上のモデルを使って仮想経営を行い経営分析することであると説明しています。

§3.モデル・ベースト経営・・・37ページ
  演習 体験:モデル・ベースト経営 TDL
PC上の仮想経営によって、最適な経営条件やリスクヘッジの手法を探索する方法がモデル・ベースト経営であると説明し、その適用例として東京ディズニーランドの2000年問題を体験学習します。

§4.システムズ・アプローチ・・・16ページ
システムズ・アプローチは広い領域にわたる概念であり、今回取り上げるフォレスターによるシステム・ダイナミクスもその中に含まれることを説明しています。

§5.フォレスターによるシステムズ・アプローチ・・・79ページ
  −広義のシステム・ダイナミックス−
  5.1 SDツールに関するリテラシ
      演習 操作練習
  5.2 Systems Thinking
      グループ演習 定性モデルの構築
  5.3 System Dynamics
      演習 複利計算モデルの構築
  附録 モデルの基本構造 クローズド・ループ
SDツール(Ps Studio)に関するリテラシ学習では、SDツールの機能の概略に触れ、受講生にツールに対する嫌悪感を払拭してもらいます。その後で、SDツールを使ってシステムズ・シンキングの定性モデルとシステム・ダイナミクスの定量モデルの構築方法の基礎を学習します。
システムズ・シンキングの定性モデルに関しては、4,5人毎にグループを編成して、グループ学習の課題に取り組みます。
システム・ダイナミックスの学習では、学習のまとめとして、各自で複利計算モデルを構築します。

§6.モデリング事始 (ー縮小均衡から脱却したいカフェー)・・・26ページ
  演習 仕入販売モデルの構造の組立て
この章では、SDが問題解決の方法論であることを実感するために、AsIsモデルを構築してそれを使って問題を解決し、ToBeモデルに移行してそれを検証すると言う、SD方法論の大きな流れを理解します。
それと同時に、ジグソー・パズルのばらばらにしたピースの状態になっている縮小均衡から脱却したいカフェのモデルを元の完成形の構造に組み立てる演習を行います。

§7BSCによる経営改革・・・131ページ
  7.1 BSCの基礎
  7.2 経営改革:パン屋編 前半 の続き
      調査 ⇒ AsIsモデル ⇒ 分析 
      演習 製造販売モデルの構築
  7.3 経営改革:パン屋編 後半
      問題探索⇒解決策探索⇒ビジョン⇒戦略マップ 
      ⇒ToBeモデル⇒分析⇒新事業展開
      演習 製造販売モデルの構築
  附録 バランスト・スコアカード構築プロセス
      (1)BSCとは?
      (2)戦略立案から実行計画策定までのプロセス
この章の学習目的は複数あります。それは、バランスト・スコアカード(BSC)の基礎、業務改革へのBSCの適用方法、モデルを構成する変数の方程式など属性の記述方法の習得です。
BSCの業務改革への適用方法については、パン屋のAsIsモデルを分析し、BSCの業務改革手法と仮想経営とを組み合わせて問題を解決し、検証のためのToBeモデルを構築します。
モデリングに関する学習としては、AsIsモデルの主要部分を切り出して、その部分の構造を構築し、構成要素である変数の方程式を記述する演習を行ないます。

§8.サプライ・チェーン・・・59ページ
  8.1 サプライ・チェーンの方式
  8.2 在庫理論の基礎
  8.3 発注方式
      演習 定量発注方式と定期発注方式
この章の学習目的は、サプライ・チェーンの主要な機能である発注方式の動特性を、仮想経営を通して体感的に学習することです。

§9SDの重要な機能:遅れ・・・49ページ
  (1)単独の遅れ(パイプライン遅れ)
  (2)集団の遅れ
  (3)物の遅れと情報の遅れ
この章の学習目的は、ビジネスの挙動に重大な影響を及ぼす遅れに関して、SDモデルにおける表現方法と その動特性を学習することです。

§10.おわりに・・・19ページ
  モデリングシミュレーションに取り組む第一歩(−卒論・修論に活用するヒントも含めて−)
  (1)モデリングを適用する前提条件
  (2)ST/SDによる問題分析と解決の標準的プロセス

2.4 集中講義のスケジュール

   

3.講義に対する受講生の反応

3.1   講義終了時のアンケート
講義終了後に講義内容の理解度の自己評価と講師と教材の評価に関する無記名のアンケートを実施しました。評価に関する集計結果を追記したアンケート用紙を最終ページに附録として添付しています。
評価以外の記述式のコメントについては、3.2以降の対応する項目部分に振り分けて原文のまま転載しています。なお、以降の評価のグラフの右端に記載した肯定度とは、評価ランクを“Yes”、“まあまあ”、“No”とした場合に、まあまあの評価は、YesNoとが半々だとして、肯定度は下式で計算しています。
   肯定度(%)=Yes(%) + まあまあ*(1/2)

3.2   内容の理解度に関する受講生の自己評価
講義の後半になるにつれて理解度の評価が低下しています。後半の講義の内容は、前半で学習してきたSDモデリングに加えて、バランスト・スコアカードやサプライ・チェーン・マネジメントなどの経営に関する専門分野の学習が加わっています。そのためこれらに関して基礎知識がない場合には、学習に困難を来たしたのかも知れません。
最後の遅れに関しては統計と情報処理に関する基礎知識が必要ですが、受講生に質問したところ以前に習得する機会を持たなかった受講生が多かったようです。
しかし、全体的にみると受講生の自己評価ではありますが、講義を計画していた時点で想定していた以上に、受講生は講義内容を理解できたようです。

「今回の講義において、今回以上に受講生が理解度を高めるための提案を述べてください」との質問に答えた受講生のコメントを原文のまま以下に転載します。受講生はもう少し時間をかけて、ゆっくりと、丁寧に講義を進めることを望んでいます。

◆実際にモデルを作る作業をもっとやらせた方がよいかと。
   モデルをただ見るのでは頭に入ってこない。
◆自分でモデルを作る機会がもう少しあるとよいと思います。
◆もっと生徒に与える演習量を増やした方が良いと思います。
◆一方的に話を聞く時間が多かったように思われるので、パソコンを操作させる時間を増やす。
もっと時間をかけてやる。
量を少し減らし、一つ一つじっくり進めてくださると、難しさも軽減すると思います。
シミュレーションを作成する際に、もう少しゆっくり進めていただけると良いと思います。
演習時間がもっとあれば良いのではないかと思います。
もう少し操作の説明をゆっくりしてほしいです。
短期間だったので長期間にわたって学習することが必要だと思った。
実際の例を出してから説明していただきたいです。
流通システムとより深く結びつけることで、抵抗が小さくなると考える。
材料、テキストなどは、夏季集中前に配った方が良いと思います。

3.3 講師と講義内容に対する受講生の評価
各評価のグラフの下に転載した受講生のコメントは、「システム・ダイナミックスに対する感想、あるいは可能性についてお話し下さい」と「テキスト、講義内容、講師などに関して意見・アドバイスなどを聞かせてください」という質問に答えたものです。

(1)テキストについて
テキストは今回の講義用にパワーポイント原稿として準備したものです。そのページ数は、2.3で説明した教科書の各章番号の後ろに記していますが、全部で395ページです。
受講生はテキストの内容にはほぼ満足したようですが、その量には音を上げた者が少々いたようです。

◆後半が難しく感じた。ボリュームも満点でとても情報量が多く、興味をずっと持つことが出来ました。
◆スライドを少なくした方がいいと思いました。
◆短い期間だったので内容が多く、高度すぎる気がしました。もう少しゆっくり操作説明してほしいです。

(2)講義内容について
講義内容とは講義そのものの内容と講義のやり方とを指していると考えています。モデリングの学習では、多くの人たちが新しい携帯電話やDVDディバイスの操作を始めるときと同じやり方を採用しました。すなわち、マニュアルを先ず読むところからは始めるのではなく、分るところから始めて、習うより慣れろの方針で進めました。その各過程で、受講生はモデリングに興味を持ち続けることができたのだろうと思います。
また、グループ学習と発表、各種の演習、TAの支援、追加の小さい資料の配布、受講生同士の相互の教え合いなどの授業中の工夫が、毎日3時間あるいは4時間半続く長時間の講義の間も、受講生を引きつけておくことができた要因の一つではなかろうかと思っています。
いずれにせよ、75%程度の受講生がSDモデリングを中心に据えた講義に興味を持ち、さらにそのほとんどがSDにも興味を持ったと答えています。このことで、文系の学生にはSDを理解してもらえないのではなかろうかというかつての私の不安を払拭することができました。
SDに興味を感じておられる経済学や経営学の先生方に、SD関連の教育をカリキュラムに組み込んでいただき、論理的思考力に富み、問題解決のための方法論を身に付けた文系出身の学生を世に送り出していただきたいと願っています。支援できることがあれば、微力ながら応援させていただきます。

受講生のコメントでは、SDが難しいと述べていますが、それと同時にSDの活用に関して前向きな意見が多いようです。今後は大学において、このような認識を持った学生に対する継続的な支援と、方向付けが必要だろうと思います。

◆これからシステム・ダイナミックスを使っていくにあたって、もっと学んでいかなければならないと思った。
◆すごいソフトだと思った。けど、少し難しかったなあと感じました。
    理解するにはまだまだ時間がかかりそうです。
    でも、習得したら色々な場面で使えると思うので、これからも学習を続けていきます。
◆専門的にやらないと理解できない難しい分野だと感じた。
◆SDを導入すればかなりの効果を期待できそうですが、前提として経済、経営の土台がしっかり
していなければ難しいものだと思いました。
企業への分析やその流通流れに役立つと思いました。
使いこなすことができれば、とても便利な道具だと思った。
今度の授業を通して、興味を持つようになりました。ただ、留学生の私にとっては難しかったです。でも、面白かったです。ありがとうございました。
経営を行なうにあたって、ぜひ使い方を覚え、活用していくべきだと思いました。
PCになれていないと少し難解であって、商学の知識を活かせないと感じました。
しかしこのシステムを学習すると、かなり実践的なシミュレーション研究が行なえるようになり、どのビジネス分野でも有効な能力になることが分かりました。
いろいろなシミュレーションや分析ができるのでおもしろいと思います。

(3)講師の教育技術について
テキストの内容や講義内容に比べて、講師の教育技術は劣っていたようです。アマチュアの講師ですから仕方がないことではあります。実はうっかりして弊社で行っているオリエンテーションコースと同じペースで講義を進めてしまいました。弊社のコースへの参加者はほとんどがビジネス・パースンで、それぞれがある特定の目的意識を持って参加しますから、講習中は貪欲に習得しようとします。しかし、それを大学生に期待するのは酷な話でした。講義内容のボリュームの多さにうんざりしたのは、受講生だけではなく、講師もそうだったようで、それにやや潰された感じです。

受講生のコメントでは、説明の拙速なことを嘆く意見が多かったようです。受講生自身が講義中に自分のPC上でモデルを開き、疑問を感じる変数の属性を開いてそれを解読することができるだけの時間的な余裕が必要でした。

◆実際に自分でモデルを動かす際の説明が速くて、ちょっととまどいました。
◆内容が少し難しい。よく使う関数の説明や打ち込み方も資料にまとめてもらえたら分かり易いと思う。
◆説明が少し速くて追いつけないことがありました。
◆講義内容が難しかったです。パン屋の例が興味が持てたので良かったです。
一生懸命教えてくださってありがとうございました。
先生が親しみやすくて授業が苦ではなかったです。でも休憩は10分ちゃんとほしいです(笑)

(4)PCを使った演習について
モデリングの学習とビジネスの動特性の仮想実験的な学習とで、PC上のモデルを頻繁に使いました。PCに不慣れな受講生のためにTA1名支援しました。しかし、実際には講師とTAとだけではサポートしきれませんので、受講生同士で相互支援するように話しました。
評価の結果によると、PC操作で落ちこぼれた受講生はほとんどいなかったようです。このことは75%程度の受講生が、講義内容やSDに興味を持つために必要な条件の一つであったと思います。
講義において、受講生がSD演習に興味を持ち続ける工夫は不可欠です。


受講生のコメントは下記の2件だけですが、これらは良くできた学生のコメントなのでしょう。

◆動向をグラフにすることで視覚的に理解することが出来、変数の設定も非常に楽だった。
◆演習等すごくよかったです。

(5)講義を総括して
今回の講義を総括すると、受講生のほとんどが受講した価値があったと答えていますから、SDの導入教育としては上手くいったのだと思います。導入教育に続いて、ビジネスでの活用に焦点を当てた次のステップの教育が行われるならば、学生はSDによる問題解決のための方法論を実学として身につけて世に出ることができるだろうと推測します。
直ぐに、世の中が変わるわけではありませんが、このようなSD教育は論理的思考力を世に普及することに必ずや結びつくと確信しています。


受講生のアンケートによると、難しかったという感想が多いようですが、それと同時に前向きな姿勢を感じられる意見も多く、SDは文系の学生に問題なく受け入れられるだろうと思います。

◆なじみのない内容だったので大変だったが、得られたものも多かった。
◆難しくて理解し切れなかったので、もっと勉強したいと思いました。
◆論理的に物事を考えるクセがついていないと、そもそもの要素を見つけて結びつけるのがむずかしいなーと思いました。
◆これからゼミで使っていくだろうけど、もっと学ばないと効果を発揮できないと思った。
◆全体として内容が難しかった。
◆少しむずかしかったです。
◆意外にわかりやすいものでした。

受講生の評価とコメントとを考慮した講義内容の改訂の検討

受講生はビジネスの動特性を分析して問題を解決する方法論であるSDに新鮮さを感じ、ビジネスでの活用の可能性に気付き、興味をいだいたようです。しかし、説明が速すぎる、量が多すぎる、演習時間を増やして欲しいなどの講義の期間が短いことに起因する要望が多く寄せられました。
また、教材に対する満足度は高いようです。しかし、公開しているモデルの構造を表面的に眺めるだけでなく、それを構成する変数の属性をPC上で各自で開いて、モデルの仕組みを分析し、モデルの構築法を学習するやり方を習得するための時間を設けることができませんでした。
この出来上がっているモデルを読み解く技術は、自然言語の世界で言うと小説やエッセイを読むことによって学ぶ文章を組み立てて表現する技術に相当します。SDモデルの場合も自然言語の文章の場合と同じで、読み解くことは受講生が各自で実行できます。講義中は、教材のモデルを各自で読み解く時間を確保できませんでしたが、今回の受講生にその能力が芽生えていないかと言うとそんなことはありません。
と言いますのは、次に述べるような事実を確認しているからです。
SD閑話−16でお話ししますが、5日目に行ったサプライ・チェーンの講義の最後に、ブルウィップ効果が顕在化している5段階チャネルのSDモデルを与えて、その効果の抑制策を求めるレポート課題を出題しました。提出されたレポートによると、多くの受講生が与えられたSDモデルを読み解いて、それぞれの抑制策を提案していることが分かります。
もちろん残念ながら、モデルを読み解くことができず、Web情報で得たブルウィップ効果の概念に拘泥して、モデルを自分で変形して表現した抑制策の提案と整合性が取れていないものも半数近くはありました。

さて最後に、私は今回の講義の結果を次のように総括します。

(1)文系の学生は、ビジネス向けのSD教育を十分に理解し、興味を持ち、SDがビジネスで効果的に活用できることを想定できる。

(2)今回の15コマの講義の内容は詰め過ぎだった。

(3)受講生がPC上で教材のモデルを各自で読み解く方法の演習を講義時間内に確保し、各教材モデルを扱う際にも読み解く時間を確保する必要があった。

(4) 受講生が簡単なモデルを構築できるレベルに到達することをSD教育の目標に位置付けるためには、講義時間枠の拡大が必要である。

(5)上記を目指す場合には、システムズ・シンキングによる業務分析のためのモデリングの時間と、システム・ダイナミックスによる問題解決のためのモデリングとシナリオ作成の時間とを新たに確保する必要がある。

第1章で述べたように、現在の教育制度が続く限り、日本では文系学部でシステム・ダイナミックスを教育に取り入れることには無理があるのではなかろうかとの諦めの気持ちが年々強くなってきていました。
しかし、今回、それが杞憂であることがはっきりしました。
社会における複雑な問題を解決するための方法論であるSDに興味があり、学生にSDを教育して卒業までに論理的思考力と問題解決の方法論とを身に付けさせることはできないだろうかと、逡巡されている文系学部の先生がいらっしゃいましたらお願いします。
是非、一歩踏み出していただけませんか!!
文系の学生は、
ビジネス向けのSD教育を理解し、興味を持ち、SDのビジネスでの活用に気付くことは、今回の例からも、間違いありません。

SD閑話−14 了


附録 :アンケートの原紙