SD閑話-13 2011年4月18日(5月11日部分改訂) 松本憲洋(POSY Corp.)
タイトル:
「 放射線生物学者に聞く放射能災害からの自己防衛」

 

M9という日本だけでなく世界でも稀な大きさの地震に襲われ、津波で3万人近い人々が命が奪われました。被害者の皆様に心からお見舞い申し上げると共に、日本国民を挙げて復興に取り組まないと、日本そのものが沈没するのではなかろうかとの恐れを抱いています。

 

そのような避けがたい天災のおまけのように発生した原子力発電所の事故が腹立たしくも主役に躍り出て、世の中に不安とともに物理的にも放射能を撒き散らしています。放射線は見えないのと、将来への身体への影響が不明なこととで、我々に必要以上の心理的な負担をもたらしています。皆さんも事実か風評か分からぬままに、マスコミや口コミの情報に心を痛めておられることと思います。また、日本としても国内における実害だけでなく、国際的な信用力の失墜により、広い分野で計り知れない損失を被っています。

 

さて、私は広島県の出身です。子供のころより原爆の恐ろしさとその後の放射能障害の不安について、直接体験された方々の話を聞いて育ちました。中学・高校時代にも、被ばくされた先生方から授業を受けていました。その中学・高校の東京地区の同級生約70名でメーリング・リストを運用しています。

 

そのメンバーの一人に放射線生物学を専門とする学者・石井裕氏がいます。阪大医学部放射線基礎医学講座で研究・教育に従事した後、退職した今は、就実大学薬学部(岡山市)で教授を務めている友人です。彼は事故が発生した直後から我々のメーリング・リストに、現在の放射能問題についての分かり易い解説を20回弱にわたり投稿してくれました。

 

メーリング・リストでの情報はグループ内に限定していますので、そのまま外に出すことはできません。それで、4月8日に大阪に彼を訪ねて、標記のタイトルでインタビューし、“SD閑話-13”として資料をまとめました。私自身は、もともと重工・造船関連の技術者で、放射線科学に関してずぶの素人です。したがって、以降のまとめの中で、彼の真意を十分に伝ることができていなかったり、あるいは一部に理解を誤った部分もあろうかと思います。そのような文章の間違いに関する責任は全てインタビュアーである私・松本憲洋に帰すことを最初にお断りしておきます。

 

今回のSD閑話を取りまとめるにあたって、私事で恐縮ですが、私の子供達とその家族に理解してもらえることを意識しました。多分、私の年代に近い人達の多くが、我々の世代についてよりも子供や孫の世代について心配をしているだろうと思ったからです。したがって、内容は放射線科学において、初歩的な話ばかりで冗長になってしまいました。また、何を書いても良いとしているこのコーナーではありますが、SD閑話と題していますので、僅かでもSDに関連した部分を記載したいと思いました。それで、内部被ばくと表面汚染の部分とに、SDの活用に関する情報を加えました。ご容赦ください。

 

今回の原子力発電所に関する問題は、大きく分けると原子炉に直接関連する狭い地域での問題と、原子炉から放出される放射性物質による広い地域での問題に分けて考えられます。工学・工業に携わった者としては、前者に関して、次のような疑問や意見を持っています。
 

@     原発の建設に関係した多くの権威者が、想定外の事故であったと安易に述べることに対する腹立たしさ

A     原子力発電所のリスク管理設計やシステム設計に、統合的な整合性はあったのだろうか?

B     東京電力は様々な事故を想定して、仮想事故対策演習(経営シミュレーション)などを含むリスク対策を、十分に実施していたのだろうか?

C     首相官邸(内閣官房)、内閣府・原子力安全委員会、経産省原子力安全・保安院、文科省・科学技術・学術政策局、東京電力などの主要関係機関の統制のなさについての一国民としてのむなしさ

D     原子力発電所は火力発電所と違って事故などに対して対応方法が定まっていないことが明白になった。
事故が起きた場合に自己責任・自己完結型で対応できないにもかかわらず、営利目的のみで原子力発電所を民間企業に管理・運営させたままで良いのか?

 

しかし、今回のSD閑話では、前者に関してではなく、後者の原子炉から放出される放射性物質による広い地域における問題に限って取り上げました。したがって、現場で損傷した原子炉の安定化作業に当たっている人々の被ばく問題には触れません。

石井氏の解説メールを読み、またインタビューして思ったのは、原子力防災の基準の背景に関する関係者の見解が多元にわたっており、今回の政府による基準値の変更のように、基準値ですら恣意的に変更され得る特性を持っているということです。この主な原因は、放射線の影響については細胞レベルでの実験はできても個体レベルでの実験はできないことと、放射性物質による広い範囲での被ばくは、閾値で区分けされ得る確定的障害を短期間に引き起こすのではなく、長期にわたって確率的障害を引き起こすことです。

 

このような性格の問題では、いつまでたっても全関係者(今回の場合は日本国民)が完全に意見一致して合意することは不可能だと思われます。関係者はそのことを認識した上で、それぞれがまあまあ我慢できるアコモデーションを得ることしかできないのではないでしょうか。いわば、ソフトシステム・アプローチによる取り組みが必要なのです。呉越同舟の模索ですね。

 

そうであるなら、為政者は決めるべき基準の背景となる仕組みを明確にした上で基準値を定め、国民に明瞭にその決定プロセスと基準値とを説明する必要があります。我々個々人あるいは個々の組織は、必要と考えれば、国が決定した基準値とは別に、その背景となるプロセスから自分のためのより厳しい基準値を設定して、自己防御する以外にないのだろうと思います。もちろん法制化されていることは遵守しなければなりません。

 

今回そんな視点に立って、石井氏の解説を、私なりにまとめました。

―――――――――――――――――――――――――――― 

【 目 次 】
  §1.放射線生物学者・石井裕氏の基本アドバイス
  §2.放射能と放射線の基礎
  §3.放射線測定値の単位
  §4.放射線被ばく線量(外部被ばく、内部被ばく)とその計算方法
  §5.自己判断のための実効線量と発ガン率の関係
  
§6.放射線被ばく線量に関連する各種の基準値
  
§7.放射線被ばく線量の計算フォームと計算例
  
§8.インタビュアーから一言
  §【 附 録 】
     附録−1: 国際放射線防護委員会(ICRP)とその2007年勧告
     附録−2: 
ICRP2007年勧告による組織荷重係数 ICRP Publ. 103
     
附録−3: システム・ダイナミックスの表記法による概略の内部被ばく線量評価モデル
     附録−4: システム・ダイナミックスとGISとの統合による汚染ガス拡散予測の例
―――――――――――――――――――――――――――― 

1.     放射線生物学者・石井裕氏の基本アドバイス
本情報を参考にし、公表されている信頼できる計測値を見て、現状を冷静に認識し、自ずから採るべき行動を自分で判断する。

 

2.     放射能と放射線の基礎
放射線を出す能力を放射能と言い、放射能がある物質を放射性物質と呼びます。放射性物質では、原子の中心にある原子核が不安定なため、安定な原子核に変わろうとします。この変わることを壊変と呼びますが、壊変の際には放射線がでます。

放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線などがあり、出てくる放射線の種類は放射性物質ごとに決まっています。放射性物質とは、ヨウ素-131、セシウム-137、ストロンチウム-90などですが、これらは放射性物質を細かく分類した名前で、“核種”と呼ばれています。

さて、各放射線では物質を通過する能力の違いや、人体に与える影響の違いがあります。人体に与える影響については後で説明するとして、ここでは物質を通過する能力について簡単に説明します。
  アルファ線:ヘリウムの原子核の粒子線です。紙一枚で防げます。
  ベータ線 :電子の粒子線です。1cmのアクリル板や薄い金属板で防げます。
  ガンマ線 :電磁波の電磁放射線です。鉛や厚い鉄の板で防げます。

放射線の強さを測定するには、放射線測定器が必要ですが、放射線の種類によって計測できる測定器が異なります。人が影響を受ける被ばく量は、全ての種類の放射線量を合計したものですが、放射線ごとに人体に影響する度合いが異なりますから、放射線ごとにその影響係数、この係数のことを“放射線荷重係数”と呼びますが、を掛け合わせて加算する必要があります。したがって、複数の放射線が放射されている環境では、一つの測定器のメーターを読むだけでは、人体への全被ばく量を知ることはできません。

今回の事故で頻繁に耳にする核種が壊変したときに出す放射線の種類と、その放射能力が半分に減衰するまでの時間である半減期とを、参考までに以下に記します。
  ヨウ素-131       :ベータ線、ガンマ線 半減期=8
  セシウム-137     :ベータ線、ガンマ線 半減期=30
  ストロンチウム-90  :ベータ線        半減期=29
  ラジウム-226     :アルファ線       半減期=1,600
  プルトニウム-239  :アルファ線       半減期=24,000

 

3.     放射線測定値の単位

日頃耳慣れない放射線関連の単位は分かりにくいので、少々厳密さを欠きますが平易に説明します。
 

(1) 放射性物質の放射能の強さを表す単位:ベクレル(Bq

   放射性物質は安定化するために壊変し、その時に放射線を出します。1秒間の壊変数の単位が“Bq”(壊変数/秒)で 、放射能の強さを表します。表面汚染度は、単位面積当たりの1秒間の放射線数で表し、野菜などの汚染度は、汚染している核種の種類ごとに、単位重量当りの1秒間の放射線数で表します。


この測定には、サーベイメーターやゲルマニウム半導体検出器を用いて、測定器が吸収した線量を計測します。放射線1本を1カウント(count)として1分間の積算値を“cpm”(count/分)と言う単位で表示します。測定器により全ての放射線を捕らえることができるわけではありません。実際の放射線の数に対して、測定器でカウントできた数の割合を測定効率と呼んでいます。

例えば、表面汚染度の計測で、100平方センチで、12,000cpmであったとします。その測定器の測定効率が50%であったとすると、放射能の強さは下記となります

12,000cpm÷0.524,000count/(min*100cm^2)=4count(s*cm^2)=4Bq/cm^2
    あるいは、ほうれん草が1kgあたり、7,500cpmであったとすると、15,000Bqkgになります。そのほうれん草
    50g食べたとすると、胃の中で当初は、1秒間に、12本強の放射線が出ていることになります。
    cpmBqも物理的な性質を表す単位です。
 

(2) 放射線照射を受けた物質が吸収した放射線量を表す単位:グレイ(GyJ/kg

   放射性物質から放射された放射線を受ける単位重量のモノが、吸収したエネルギ量を表す物理的な単位です。物質1kgが1ジュールのエネルギを吸収することを、1グレイ(GyJ/kg)の吸収線量と言います。
放射線測定器による放射線量の計測では、物理的にはこの吸収線量を計測しています。
 

(3) 人体が受けた放射線の影響度を表す単位:シーベルト(Sv

   放射線を吸収した場合の人体への影響は、放射線の種類によって程度が異なります。放射線ごとの影響の程度は“放射線荷重係数”により表します。シーベルト(Sv)は、放射線が人体に吸収された場合の、物理的ではなく、生理的な影響の程度を表す単位です。したがって、防災上あるいは生理学上で決められた放射線の影響の度合いを表す単位であると言えます。

人体が受けた放射線の影響度(Sv単位)は、(2)の物理的な値である吸収量(Gy単位)に、放射線荷重係数を乗じて求めます。
  
人体への影響度シーベルト値(等価線量)=人体が受けた吸収線量グレイ値x 放射線荷重係数


主な放射線荷重係数を以下に記します。アルファ線は質量の大きな粒子線ですから、人体への影響を表す放射線荷重係数が20と大きくなっています。

      アルファ線 :20
ベータ線  :1
ガンマ線  :1
X線       1
 

     今回の事故で度々検出されているのは、ヨウ素-131とセシウム-137です。これらの核種はいずれも、ベータ線とガンマ線を放射します。両放射線の放射線荷重係数は共に1ですから、今回の取扱では、シーベルト値はグレイ値に等しいので、下式で表されることが分かります。

人体への影響度シーベルト値=人体が受けた吸収線量グレイ値
 

個人線量計による外部被ばくの計測でも、空間線量の計測でも、測定器で計測しているのは、グレイ(Gy)単位の吸収線量ですが、表示の単位は、吸収線量に放射線荷重係数をかけてシーベルト(Sv)単位です。

 

4.     放射線被ばく線量(外部被ばく、内部被ばく)とその計算方法

(1) 被ばくによる障害
   自然環境の宇宙、大地、食物などから日常的に意識しない内に受ける自然放射線と、医療機関で検査や
   治療のために意識して受ける放射線以外が人工的な放射線です。この人工的放射線は、できるだけ受け
   ないに越したことはありません。

   人体が放射線に曝されることを被ばくと言いますが、原因となる放射線源、すなわち放射性物質が体外に
   ある場合を外部被ばく、それを経口摂取や呼吸摂取して体内にある場合を内部被ばくと言います。
   被ばくした放射線により人体の細胞にあるDNAは損傷して、その程度によって急性障害(確定的影響)ある
   いは晩発障害(確率的影響)が現れます。
 

急性障害は細胞が死ぬほどの損傷を受ける場合で、ほとんどが1ヵ月以内に出る症状です。放射線を短時間に全身に被ばくした場合には、線量によって、次のような症状が確定的に出るといわれています。
   7000mSv100%致死、
   4000mSv50%致死、重度の骨髄障害による白血球減少と免疫力低下
   2000mSv5%致死、出血や脱毛など
   1000mSv:悪心、嘔吐、全身倦怠など
    500mSv:リンパ球の減少、即入院
    250mSv:白血球の減少
    100mSv以下:ガン以外の健康への影響は起こり得ない

晩発障害としては、発ガンや遺伝的影響があります。少量の被ばくに対する発ガン率については、議論は 
あるようですが、発がんしない放射線量の限界値(閾値)はなく、被ばくした放射線量に比例して発ガン率 
が上昇するという考え方が、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告では採用されていました。
  補足:国際放射線防護委員会(ICRP)と2007年勧告については、巻末の附録−1を参照してください。

したがって、前述の避けがたい放射線量の被ばく以外の人工的な放射線の被ばくをゼロにすることが理想
的ですが、現代社会の中で利便性と被ばく線量とは相容れない関係にありますから、多くの国民が許容で
きるアコモデーションを探す必要があります。
本来はその値が、種々の規制値として決められていたはずですから、それに満足できない人々はさらに安
全な条件を求めて、自己防衛することになります。しかし、現実には規制値が導出された背景と根拠が、一
般の国民には明瞭な形で公開されておらず、個々人が自分のための安全な条件を求め難いことが、無為
な論争を呼び、根拠のない風評が流布する原因となっています。
 

(2) 等価線量、実効線量、預託線量

被ばく線量を評価する上で、放射線が人体に影響する度合いは、前にも述べたように、放射線の種類により異なります。その影響係数を“放射線荷重係数”と呼称して、人体が受けた放射線のエネルギ量を表す物理量である吸収線量(Gy:グレイ単位)に乗じて、人体への放射線の影響度を表す“等価線量”(Sv:シーベルト単位)を求めます。
 

しかし、人体を構成する各組織や臓器によって、放射線が及ぼす影響度は異なります。この相対的な放射線に対する感受性を“組織荷重係数”と呼び、各組織や臓器で吸収された等価線量に乗じて(荷重して)全組織や臓器について加算したものを“実効線量”(Sv単位)と呼びます。

国際放射線防護委員会(ICRP)編のICRP Publ. 60に掲載されている組織荷重係数を参考までに以下に掲載します。

     組織・臓器                    : 組織荷重係数 小計

     生殖腺                       : 0.20          0.20

     赤色骨髄、結腸、肺、胃         : 0.12          0.48

     乳房、肝臓、食道、甲状腺、膀胱 : 0.05          0.25

     皮膚、骨表面                  : 0.01          0.02

     残りの組織                    : 0.05          0.05    (合計=1.00

補足:上記の係数はICRP1990年の勧告で、現在日本の法律で採用されているものです。ICRP2007年の勧告では、巻末の附録−2に示すように一部の係数が変更されています。

 

放射性物質が体内に入って内部被ばくした場合には、その放射性物質が体外に排出されるまで、各組織や臓器は放射線を受け続けます。その間に、その放射性物質は自分自身の壊変により安定して放射能が減少すると共に、人体の代謝機能により放射性物質は排出されます。この物理的半減期と生物学的半減期とを合わせて総合した半減期のことを実効半減期と呼ぶことがあります。
 

等価線量にしても実効線量にしても、時間経過と共に減衰していきます。厳密に考えると、経過時間と共に減少するその時点ごとの放射線量について、被ばくに対する対応策を講じる必要があるのですが、被ばく者にとって安全側でもあることから、その時間経過について全て合計した放射線量を最初の1年目に受けたとして対応策を講じることになっています。
 

このようにして求める放射線量のことを“預託線量”と呼びます。したがって、等価線量については“預託等価線量”、実効線量については“預託実効線量”となります。さて、積算する時間軸ですが、一般成人に対しては、摂取後の50年間、子供に対しては摂取時から70歳になるまでを積算時間範囲としています。
 

(3) 外部被ばくと内部被ばく
放射線業務従事者の場合には、各種の個人線量計を最も多く被ばくする部分(男性は胸部、女性は腹部)  に着用して、外部被ばく線量をモニターし、積算線量を管理します。線量計であるフィルムバッジやサーベイメーターでは、管理のための実効線量が表示されるように調整されています。一般人の場合には、個人線量計を着用しているわけではないので、空間線量率と滞在時間とから、次に述べる式で実効線量を求めます。
   外部被ばくの等価線量(mSv) = 空間線量率(mSv/h)* 滞在時間(h


内部被ばくに関しては、放射線業務従事者についても、実効線量を直接計測することはできません。しかし、架空の話として仮に人体の組織や臓器に線量計を設置することができたとしてみましょう。(2)に記した組織や臓器に時々刻々のデータが体外に送信できる線量計を貼り付けた後に、任意の種類の放射線を出す放射性物質A(Bq)を摂取します。

各線量計で単位時間の吸収線量が、時々刻々に計測され転送されてきますから、体外でその放射線の種類に対応する放射線荷重係数を乗じて、それぞれの組織や臓器の等価線量を算出します。その個々の等価線量に、対応する個々の組織荷重係数を乗じた後に、全ての組織や臓器の値を合計して人体の実効線量を算出します。これを時間の経過に沿って、一般成人に対しては、摂取後の50年間、子供に対しては摂取時から70歳になるまで実行して、各年の実効線量を合計した預託実効線量B(Sv)を算出します。
 

以上の話は架空の話であって、実現はできません。そこで、人体の生理現象や放射性物質の崩壊過程を数学モデルとして表現しておき、そのモデルの上で上記のプロセスを実行します。入出力のプロセスを下図に示します。出力Bの入力Aに対する比B/Aは伝達関数ですが、これを実効線量係数と呼んでいます。この値をあらかじめ求めておけば、仮定した体内プロセスが線形ですと、この実効線量係数を摂取量Aに乗ずることで、出力である預託実効線量を求めることができます。
 

内部被ばくについては、預託実効線量が被ばく管理の対象です。したがって、この値と外部被ばくによる実効線量とを加算した値が、各種規準で評価する数値になります。

現在、上記の内部被ばくに関する架空の話は、コンピュータ上で実施されています。ICRPでは代表的な人の体格と生理的な特性をもつ標準人を設定して、摂取した放射性物質の臓器間の移動や沈着、放射性物質の壊変による放射能の減衰、各臓器の被ばくなどを数式で表現した線量評価モデルを構築して公表しています。実効線量係数はその数学モデルを使ってシミュレーションを実施して求められています。


この数学モデルは、システム・ダイナミックスのフローダイアグラムとも親和性が高いと思われますので、附録−3に、システム・ダイナミックスの表記法で描いた概略の内部被ばく線量評価モデルを示します。
 

(4) 計算式のまとめ

   外部被ばく
放射線業務従事者の場合には、積算線量を管理するために着用している個人線量計の積算値の表示が実効線量(<1cm線量当量)となります。
一般人の場合は、滞在場所の空間線量率を使って下式により等価線量を計算します。滞在場所では放射線を全身で均一に受けるとしているので、求めた等価線量は実効線量とみなされます。
受けた放射線の種類が複数にわたる場合には、外部被ばくの等価線量は、複数の放射線に対する等価線量を合計して求めます。
  外部被ばくの等価線量(mSv)=空間線量率(mSv/h)*滞在時間(h


内部被ばく
ここでは経口摂取と呼吸摂取のみを取り上げます。成人の場合には摂取後50年間、子供の場合には摂取後70歳になるまでの内部被ばく量を積算します。内部被ばくでは、その合計量を初年度に受けた実効線量として取り扱う預託実効線量を下式で計算します。摂取した放射線の種類が複数にわたる場合には、預託実効線量は、複数の放射線に対する預託等価線量を合計して求めます。
経口摂取も呼吸摂取も計算方法の骨格は同じで、主に異なるのは、放射性物質の摂取量の部分です。


  預託実効線量(mSv)=放射性物質の摂取量(Bq)*実効線量計数(mSv/Bq
                  *その他の補正係数


  経口摂取の場合
      放射性物質の摂取量(Bq)=飲食物摂取量率(kg/d)*摂取日数(d
                                                  *飲食物の放射能濃度(Bq/kg
      その他の補正係数=市場希釈係数+調理等による減少補正
                     通常は厳しい値として1を設定する。
  呼吸摂取の場合
      放射性物質の摂取量(Bq)=呼吸量率(m^3/h)*呼吸時間(h
                                       *空気中の放射能濃度(Bq/ m^3
      その他の補正係数=1
 

5. 自己判断のための実効線量と発ガン率の関係
晩発障害における低い実効線量の被ばく累積値と発がん率の関係については、計画的な実験ができるわけではありません。主な調査結果としては、広島・長崎の原爆被爆者集団の調査結果、チェルノブイリの原発事故調査結果、世界15カ国の原子力施設作業員に関する調査結果しかありません。また、学術的な研究においても、細胞レベルの実験的研究はありますが、個体としてはせいぜいマウスによるものしかないため、放射線被ばくによる確率的障害については、曖昧な推論しか存在しないのが現状です。


確率的障害すなわち晩発障害に関して、主に広島・長崎の原爆被爆者集団の疫学調査の結果があります。それによると、実効線量が100mSv以上では、発ガンのリスクが線量と共に直線的に増加することが明らかになっています。現在の法令に取り入れられているICRP1990年勧告では、被ばくによる“名目死亡確率係数”を500人/(万人*1Sv)、すなわち1Svの被ばくに対して5%と推定していました。ここで“名目”と言うのは、この値は性別や年齢により異なるにもかかわらず、仮想的な集団全体の平均値であることを意味しています。


現在、法令に取り入れるための準備が進められているICRP2007年勧告では、評価法が異なり、致死に至らないガン患者の損失も加味した“名目健康損害”が評価法として採用されています。2007年勧告の追計算結果が、高度情報科学技術研究機構が管理している原子力百科事典ATOMICA)の以下のURLに掲載されていますので、その中から主要な係数を取り上げ以下に記します。
  http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-03-05


  致死ガン+非致死ガン罹患率: 1715人/(万人*1Sv
                       1Svの被ばくに対して15%の罹患率
  名目死亡確率係数          : 398人/(万人*1Sv
                       1Svの被ばくに対して4%の死亡確率(1990年勧告では5%
  名目健康損害係数          : 1Svの被ばくに対して5.5%の健康損害確率(1990年勧告では6%


さて、被ばくした実効線量が100mSv以下では被ばく線量と発ガンのリスクとの関係は明確ではありません。そんな経緯から、低線量の被ばくに対する発ガンのリスクに関して二つの仮説があります。それは、100mSvが発ガンの閾値で、それ以下では発ガンしないとする閾値仮説と、100mSv以下でも線量と発ガン率とが比例するという閾値なし仮説です。


ICRPでは低線量における発ガンのリスクを推定する場合に、1990年勧告でも2007年勧告でも、後者の閾値なしの直線モデル(LNTモデル:Linear Non-Threshold Model)を採用しています。また、100mSv以下では発ガンしないと言い切るだけのデータもありませんので、ここでは閾値なし仮説を採用して、ガン罹患確率は15%、致死あるいはそれに相当するガンに罹患するリスクをガンリスク率として前述の数値を丸めて5%と仮定します。これらの値は、本来は性別や年齢などによって異なる値でありますが、仮定したグループ全体の平均に対する値ですから、使用するにあたってこの数値は大まかな推定値であることについて留意してください。


以上の分析は主に原爆被爆者集団の免疫調査に基づきますので、被ばく回数は1回で短時間です。ところが低線量で低線量率の場合には同じ合計線量であっても、長期間にじわじわと被ばくします。その場合には、細胞の回復効果などで被ばくのダメージが小さくなることが分かっています。このダメージがどの程度まで低減されるかを示す係数として、線量・線量率効果係数(DDREFDose and Dose-Rate Effectiveness Factor)があります。ICRFではDDREF=2としていますから、じわじわ被ばくする場合には、実効線量の合計値を2で割って、ガン罹患率や死亡率を推測する被ばく実効線量とします。例えば、じわじわと200mSv被ばくした場合には、ガン罹患率は1.5%(=15%200/2/1000)、ガンリスク率は0.5%(5%200/2/1000)になります。


以上の推定式は、我々自身が低線量で低線量率の被ばくを被る可能性があるときに、現状と新たな状態におけるガン罹患率とガンリスク率とを新旧で比較して、自分自身が新たな現実を納得して受け入れられるかどうかの判断に使うことができます。じわじわ被ばくした場合について、計算式を再度、以下に示します。


  ガン罹患率(%)=15%/Sv)*被ばくした実効線量(mSv)/21000mSv/Sv
  ガンリスク率(%)=5%/Sv)*被ばくした実効線量(mSv)/21000mSv/Sv


     ガン罹患率=致死ガン+非致死ガン罹患率
     ガンリスク率=致死あるいはそれに相当するガンに罹患するリスク率(名目健康損害係数のこと)
     被ばくした実効線量=外部被ばく実効線量+内部被ばく実効線量


この人工的に増加したリスク率と比較すべき対象は、これらに関する現在の日本の実情です。統計結果によると、この10年間程度はほぼ以下の数値で推移しています。
  ガン罹患率の比較対象:
   → 日本人が亡くなるまでのガン罹患率=約50%
  ガンリスク率の比較対象:
   → ガン(悪性新生物)が死因で亡くなる日本人の割合=約30%


結局、我々一般の国民は、今回のような想像を超えた状況に直面すると、できれば原子力発電所は廃止して欲しいと短絡的には思うものの、では電力を今より30%削減した生活で我慢しますかと言われると、その決断にも躊躇してしまいます。したがって、自分達の周辺に存在する利害が対立する様々な問題と見比べながら総合的に考えて、判断を下すことになります。


そのことは分かっていても、放射能については“低ければ低い方が良い”という単純だが純粋な判断基準以外に、合理的な判断基準を見出すことは本当に難しい。あなたはどの程度までガンリスク率が上昇しても我慢できますか、あるいは許容できますか?

 

6. 放射線被ばく線量に関連する各種の基準値
(1) 実効線量に関する基準値
     実効線量(mSv) : 内訳                                 

1.0:一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度(ICRPの勧告)

妊娠中の女子の放射線業務従事者が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい放射線の限度。

          2.0:妊娠中の女子の放射線業務従事者が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい腹部表面の
      
放射線の限度。

5.0:妊娠可能な女子の放射線業務従事者が法定の3か月間にさらされてよい放射線の限度。

10 :日本国原子力安全委員会の指針では一般人の「屋内退避」

50 :電離放射線障害防止規則による放射線業務従事者が1年間にさらされてよい放射線の限度。

日本国原子力安全委員会の指針では一般人の「避難」。

自衛隊・消防・警察が1年間にさらされてよい放射線の限度。

100:人間の健康に影響が出ると証明されている放射線量の最低値。

放射線業務従事者が法定の5年間にさらされてよい放射線の限度。

放射線業務従事者が1回の緊急作業でさらされてよい放射線の限度。

250:福島第一原子力発電所事故での緊急作業従事者に限って適用されている被曝線量上限。
          出展:Wikipedia“シーベルト”


(2) 食品衛生法に基づく飲食物に関する暫定規制値(2011317日時点)


放射性ヨウ素(混合核種の代表各種I-131

      飲料水、牛乳・乳製品      : 300Bq/kg

野菜類(根菜、イモ類を除く)  :2000Bq/kg
 

    放射性セシウム

      飲料水、牛乳・乳製品       : 200Bq/kg

野菜類、穀類、肉・卵・魚・その他: 500Bq/kg

 

(3) 放射線管理基準に基づく表面汚染密度限度

 

放射線管理区域内で人が触れるモノの表面の放射性同位元素の表面密度限度:

アルファ線を放出する放射性物質の場合 : 4Bq/cm^2

アルファ線を放出しない放射性物質の場合:40Bq/cm^2

 

管理区域からの持ち出し物の表面密度限度:

管理区域内の1/10

 

7.     放射線被ばく線量の計算フォームと計算例

(1) Excelによる計算フォーム
ヨウ素-131とセシウム-137に限定して、外部被ばくと内部被ばくの実効線量、およびそれに伴うガン・リスクの増加率を計算するフォームを2ページ先に示します。このExcelフォームは、ここかあるいはフォームの図をクリックすることで、Excelフォームを 開いたりダウンロードすることができます。ご自由にお使い下さい。
 

(2) 放射線被ばく線量の計算例

   極端な被ばくの例について計算してみます。
空間線量の仮定
3
11日以降に、福島原子力発電所で放射能の放出があった模様で、東京都の空間線量率の平均値が315日に約0.1μSvに達しています。この値が1年間続くとします。


空気中の放射能濃度
上記の理由で、測定された3月15日の平均濃度が、ヨウ素-131132を合わせて60Bq/m^3に、セシウム-134137とを合わせて12Bq/m^3になっています。それらの高濃度は1両日中にゼロに近い値に戻っています。空気中の放射能濃度は、飛散放射能のソースの傍でない限りは続くものではありません。今回の計算例では、この値が1ヶ月間にわたり続くものとします。


飲食の仮定
一日の飲食重量(飲食摂取量率)
 
水・牛乳:1kg/日  その他の食品:0.75kg/
放射能汚染度
  以上の全ての食品が食品衛生法に基づく飲食物に関する暫定基準値の放射能を含む。
ヨウ素-131
  合計:300Bq/kg*1kg+2000Bq/kg*0.75kg=1800Bq  平均1800Bq/1.75kg=1030Bq/kg
セシウム
  合計:200Bq/kg*1kg+500Bq/kg*0.75kg=575Bq  平均575Bq/1.75kg=330Bq/kg


計算結果のExcelの表は、先に示したExcelフォームの次のページにつけていますので、詳しい結果についてはそちらをご覧下さい。
要点の結果は以下の通りです。
  年間外部被ばく          : 0.9mSv
  経口摂取による預託実効線量: 17.2mSv
  呼吸摂取による預託実効線量: 0.6mSv
  年間の被ばく総量        :  18.7mSv
  増加したガン罹患率       :  0.14%
  増加したガンリスク率      :  0.05%


極端な計算条件ですから、年間の被ばく線量が20mSv弱に達しています。この量はICRP2007年勧告では“現存する状況”の参考レベルの上限に近い値です。計算条件が架空の状況を想定していますから、これ以上の議論は意味がありませんので止めます。ご自分が生活されている生活環境に基づく計算をされることをお勧めします。


ただ、一つだけ言えることは、このような極端な条件に対しても、新たにガンに罹患する割合は、日本人が罹患する約50%に対して、0.14%増加するだけ、ガンが死因で亡くなる割合は、30%に対して0.05%増加するだけです。皆様は、どのように感じられましたか?


ただ、これは1年間だけの計算です。同じ条件の生活が10年続くと、ガン罹患率は1.4%増え、ガンリスク率は0.5%増えます。さらにこんな生活が50年も続くと、ガン罹患率は7%増え、ガンリスク率は2.4%増えることになりますから、長年続く場合には要注意です。
 

(3) 乳児と幼児への被ばく線量に関する配慮

   甲状腺でチロキシンというホルモンを合成するときにヨウ素を必要としますので、ヨウ素を摂取すると体内では100%甲状腺に溜まります。甲状腺で必要としない量は排出されます。そんな理由で、放射線ヨウ素を摂取すると甲状腺ガンの原因になるわけです。


内部被ばくは、人体にダメージを与える重みを表す実効線量係数により影響度合いが変ってきます。摂取した放射性ヨウ素の何%が甲状腺に到達するかで計算結果は異なりますが、大まかにヨウ素-131に関して言うと、経口摂取の場合も呼吸摂取の場合も、実効線量係数は成人を1とすると、乳児と幼児は約9倍と5倍になります。


このことは、放射性ヨウ素の同程度の摂取量であっても、幼児より小さな子供の場合には、大人に比べて、5〜9倍の影響が出る可能性を示唆しています。
 

(4) 女性への配慮

   女性とくに妊娠可能な女性の場合には、被ばくに関して法制上からも厳しい規制が掛けられています。
しかし、放射線業務従事者に関する問題になりますから、ここでは触れません。

 

【計算フォーム】

 

【架空条件についての計算例】

 

8. インタビュアーから一言
放射線の人体への影響については、いまだに良く分かっていないことが多いことと、晩発障害には閾値がないため、低線量の被ばくであっても発ガンの可能性があると言う大きな特徴があります。したがって、一般市民が自然界から、あるいは医療のため以外の人工的な放射線の被ばくを、避けたいと願うのは無理からぬことだと思います。

 

しかしその一方で、社会システムの中に既に組み込まれている原子力発電所の貢献度についても認めざるを得ないわけで、結局は総合的な便益性から判断せざるを得ないことになります。さりながら、国として総合的な便益性で決める基準とは別に、個人にとっては住所や家族構成などの属性によっても判断は異なるわけです。その判断のためには基準が導かれている背景とかプロセス、あるいは規準値を決定するための環境データが不可欠です。もし、それがないなら、“お上が決めたことには逆らうな、黙って従え”になってしまします。


この資料は、個々人の判断のための道具の一つとして、皆様にお使いいただければ幸いです。それとともに、十分な量と精度の環境データの公開と発信とを、政府をはじめとする行政機関に強く要望します。

放射線科学や原子力にはずぶの素人の私でしたが、今回の事故と石井裕氏からの情報で、ICRPの勧告についても今回初めて目にしました。その2007年勧告が事故の起きていない通常の状況だけでなく、緊急の状況と現存する状況とを取り上げており、正に今回の福島第一原発事故を見通していたのではないかとさえ感じました。


その中で緊急と現存する状況とについては、被ばくの“線量限度”ではなく“線量の制限値”が参考レベルとして設定されており、事象の状況に応じて柔軟に対応することになっています。最も緊急を要する救命活動の場合は、職業被ばくについては条件次第で“無制限”です。ただ、緊急作業に従事するものは、原則として緊急作業に志願した放射線業務従事者に限り、当該作業で発生する可能性のある健康リスクを理解し、それを受け入れたものとするべきだとしています。

 

当然のことだと思うと同時に、社会の利益のために自分の命を賭して志願する人の名誉と生活を、後々までバックアップする社会の仕組みと文化(雰囲気)がぜひとも必要だと思いました。そう先ではなくICRP2007年勧告が日本の法令に組み込まれることになると思います。その時には法令改訂と同時に、放射能侍あるいは放射能騎士が志願し易い社会環境・文化も醸成したいものです。

 

結局、わが身に降りかかる今回のような問題に対しては、お上の指示を求める指示待ちではなく、石井裕氏が強調しているように、『本情報を参考にし、公表されている信頼できる計測値を見て、現状を冷静に認識し、自ずから採るべき行動を自分で判断する』こと以外は考えられません。
具体的には、農産物にどの程度のベクレル単位の放射性物質が含まれていたり付着していると食べるのを止めるのか、どの程度の地表面の放射線汚染度(ベクレル単位)で、どの程度の空間線量率(毎時シーベルト単位)だと、住むのを止めて転居するのかなどなど、これらについてはお上の基準では我慢できないと考える国民が多くいるはずです。


また、放射線に関する問題ではありませんが、今回の震災で私が復興における最大の懸念材料だと思っていますのは、地震で引き起こされた津波に対する基本的な考え方です。今回と同規模の地震は地質調査によると約1000年前にも発生していたようですが、ではこれから1000年先まで起きないかと言うと決してそうではありません。数年先に発生する可能性もあるのです。だからと言って、東日本の沿岸の全てに高さ20mを超える防潮堤を失業対策事業として建設したり、今までより20m以上高い地区に全ての被災者の住宅を建設することなどは決して現実的な解決策でないことは明らかです。


集落の仕組みを含めた生活環境、食料を提供する農業や漁業の従事者の生活、放射線や地震によるリスクの理解などをちゃんと自ら行って、家族・個人の総合的な便益から判断して、我が道を選択することになるでしょう。その結果として全ての国民がお上の指示に「右へ倣へ」にはなりませんが、その多様化の中で国家の国民に対する責任と義務とを原点に戻って整理して、社会保障などの制度設計も改定する必要があるのでしょう。そのようにして改訂される社会保障制度は、上記の家族・個人の総合的な便益の判断材料に当然含まれることになるでしょう。


ところで、最近の日本人は潔癖になりすぎて、多様性を受け入れる寛大さがなくなっていると指摘していた日本在住の外国籍の方がいました。私はこの鋭い指摘に納得です。そういえば日本にはかつて“清濁併せ呑む”と言う言葉がありました。一昔前は、えげつない政治家が、濁が90%で清が僅かに10%の案件を清濁併せ呑むと言って可とし、腹の太い政治家のような振る舞いをしていました。ところが、今の日本人の多くは逆で、清が99%でも濁がたった1%含まれていると、潔癖のあまり全てが受け入れられないように感じられます。

 

よくあるゆでガエルの例えで考えてみましょう。日本人は潔癖温泉に皆で浸かっています。源泉かけ流しの湯口に最初は含まれていなかった潔癖菌が時間と共に少しずつ増えてきました。しかし、気持ちいい温泉で“良い湯だな〜”と歌っている我々は、それに気付きませんでした。とうとう潔癖病にかかってしまった我々は、自分自身の多様性さえ受け入れられないほどの重症に、もう陥っているのかも知れません。
だが、我々は、まだ潔癖病から快復できると、私は信じています!!

本文了 



附 録 】

附録−1: 国際放射線防護委員会(ICRP)とその2007年勧告

国際放射線防護委員会ICRPInternational Commission on Radiological Protectionの前身は、1928年に創設されました。このICRP放射線防護に関する勧告を行う非営利、非政府の専門家による国際的な組織です。167年毎に出す勧告には権威があり、国際原子力機関(IAEA)の安全基準や世界各国の放射線障害防止に関する法令の基礎になっています。日本では1990年の勧告に基づいて関連した法令が施行されています。現在は2007年の勧告に沿って、法令を改訂するための作業が進められています。

 

2007年の勧告において1990年勧告から大きく変更された内容は、被ばくの状況が“行為”と“介入”という分類から、“計画された状況”、“緊急時の状況”と“現存する状況”に変ったことです。この分類を現在の原発事故に当てはめると、311日までが計画された状況、現在が緊急時の状況、破壊された原子炉が廃炉として安定した状態になった頃からが現存する状況に相当します。

 

一般公衆(我々のことです)については、三つの状況それぞれに対して次の指標が導入されました。計画された状況に対しては従来通り“線量拘束値”、緊急時の状況と現存する状況に対しては“参考レベル”です。計画された状況では、線量限度は規制当局(日本の法令)が許容する最大線量を意味していて、従来どおり1mSv/年です。緊急の状況では、参考レベルは20100mSvの範囲で設定され、防護活動の計画の策定にあたっては、この線量を越えない戦略を立てることになっています。現存する状況は、例えば事故後の復旧段階の被ばくが想定されますが、この状況では参考レベルとして1〜20mSvの範囲が設定され、汚染地区の住民が移住しなくて良いように、現実的な配慮がなされています。

 

職業被ばくについては、以下の指標が導入されました。女性に対してはさらに厳しい限度が設定されていますので勧告の原文またはICRP2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取り入れについて第二次中間報告などを参照してください。計画された状況については現状と変らず、実効線量限度として、5年間の平均が20mSv/年以下で、いかなる1年間でも50mSvを越えてはいけないことになっています。緊急時の状況については参考レベルが設定されています。
  救命活動        :情報を知らされた上で志願した救命者に降りかかるリスクより大きな利益があれば、 
                 無制限
  緊急救助活動     :500mSvまたは1000mSv
  上記以外の救助活動:100mSv以下

 

現時点の日本の法令では、放射線業務従事者が1回の緊急作業でさらされて良い放射線量の限度は100mSvでした。政府は316日に緊急処置として、福島第一原子力発電所事故での緊急作業従事者に限って、被ばく線量の上限を250mSvに引き上げました。しかし、ICRP331日に、この値が国際的に見てかなり厳しい値であり、事故の重大さを考えると緊急作業従事者については基準を緩和して、ICRP2007年勧告に沿って、500あるいは1000mSvの現実的な値に設定するように提言しています。
 

附録−2: ICRP2007年勧告による組織荷重係数 ICRP Publ. 103
ICRP
2007年勧告では、放射線荷重係数と組織荷重係数とが見直され変更されました。人体の組織や臓器の異常が、人体全体に及ぶ影響の程度を表す組織荷重係数の変更結果を以下に示します。
 

   組織・臓器                     :組織荷重係数 小計

   生殖腺                        : 0.08          0.08

   赤色骨髄、結腸、肺、胃、乳房    : 0.12          0.60

   肝臓、食道、甲状腺、膀胱      : 0.04          0.16

   皮膚、骨表面、脳、唾液腺        : 0.01          0.04

   残りの組織                     : 0.12          0.12    (合計=1.00

 

附録−3: システム・ダイナミックスの表記法による概略の内部被ばく線量評価モデル

 

 

附録−4: システム・ダイナミックスとGISとの統合による汚染ガス拡散予測の例

今回の原発事故で、放射性物質の飛散する様子もシミュレーションすることができる大掛かりなシステム“SPEERI”が、既に開発済であることを知りました。ただ残念ながら、初期の避難誘導にも、国民への状況説明にも、関係者の非難計画支援にも十分に役立ったとは伝えられていません。ドイツの気象庁がインターネットで、飛散状況のシミュレーションを公開していたのとは対照的でした。災害対応のロボットもそうでしたが、そのために開発したその肝心なときに役立たないのでは、数十億円はなんだったのかと悲しくなります。

 

さて、システム・ダイナミクスのツール:Powersim StudioGISのツールとを組み合わせて、有毒ガスの飛散に関するシミュレーションを実施した事例があります。原発の放射性物質の飛散についても応用できると思いますので、参考までに以下に掲載します。
ビデオ映像でも説明していますのでご覧下さい。
 

GISを伴うシミュレーショ ン 事例-

公開されている適用例は、ガス爆発による有毒ガスの流出シミュレーションです。対象とする地域のGISStudioが一体となれば、セキュリティの領域だけでなく、農林水産、環境、ビジネス全般とあらゆる領域で有効な活用が可能となり、その成果も大きいだろうと予想されます。

ここをクリックして、ガス爆発の例をPowersim社のWeb上のビデオでご覧下さい。

http://www.powersim.com/main/business_simulation/view_simulation/gas_simulation_video/


上記をダブルクリックしてそのページが開かない場合には、URLの行をコピーして、Internet Exprorer の上端のURLの入力枠に貼り付けてEnter key を叩いてください。

 

ガス・シミュレーションの使用目的としては、次の3つのケースを想定しています。

  1.発生した現実的な事象の再現

  2.事故が起きる前のリハーサルでの活用

  3.事故発生時の避難誘導支援での活用

 

ガスの噴出はガス特性と天候に基づきシミュレーションされます。シミュレーションのあとで、データはGISシステムへフィードバックされ、そこで地理データに結び付けられます。その結果、危機的な状態に陥った地域では、より良い退出方法を選択して、学校、幼稚園、病院から人々を避難させることになります。

 

現在の製品は、ノルウェーのNorkart Geoservice社のGIS商品GS/Lineと組み合わせたもので、適用地域がノルウェーだけに限定されています。現在Powersim社は、米国のGISのグローバル企業と、組み合わせに関して交渉中です。この組み合わせが実現すれば、日本を含めてグローバルな対応が可能になります。
この続きは、以下のURLからご覧ください。

http://www.posy.co.jp/news-powersim-f.htm

 

Acknowledgement

最後に、時間を割いてご指導いただいた石井裕氏に厚くお礼申し上げSD閑話−13を終わります。

 

SD閑話−13 了